名作を読んでみるシリーズ、「風と共に去りぬ」の第五巻、最終巻を読み進めています。初回はこちらで前回はこちら。
長い回り道の数々を経て、ようやく夫婦となったスカーレットとバトラー。お金持ちの生活を遂に手にし、贅沢を満喫するスカーレットですが、スカーレットはアシュリへの想いをいまだに捨てておらず、バトラーもそれに勘づいているご様子。
そんな結婚生活は順調にいくわけがなく、徐々に二人の心は冷えていきます。そして、二人の間に愛娘ボリーが生まれ、夫婦に変化が生まれます。その変化が、どのような影響、そして結末をもたらすのかが着目ですね!
それでは早速続きを見ていきしょう!
結末に近づくにつれネタバレ色も濃くなるので、これから読む予定がある方はご注意をいただけますと幸いです。
登場人物:今回の記事に関係する人と情報に限定(新潮文庫より引用)
- スカーレット・オハラ:本作のヒロイン。大農園主<タラ>に生まれ、最初の夫チャールズとの間に長男ウェイドを、再婚したフランクとの間に長女エラを得たが、どちらの夫とも死別した。製材所を経営する。
- ジェラルド・オハラ:スカーレットの父。妻エレン亡き後自失の日々を送るが、落馬事故により死去。
- メラニー:愛称メリー。アシュリ・ウィルクスの妻で、ボーと呼ばれる子を生んだ。
- アシュリ・ウィルクス:スカーレットが想いを寄せるウィルクス家の長男でインディアの兄。スカーレットの経営する製材所に勤めつつ、KKKに関わる。
- マミー:もとはエレンの実家に仕え、スカーレットの乳母でもあったオハラ家の使用人
- フランク・ケネディ:スカーレットと結婚し、商店を経営していたが、KKKの活動に関わり落命。
- ピティパット・ハミルトン:チャールズとメラニーの叔母
- ピーター爺や:ハミルトン家の使用人
- ウィル・ペンティーン:復員後、<タラ>を担い、ジェラルド没後にスカーレットの妹スエレンと結婚した。
- ベル・ワトリング:アトランタで売春宿を営む。
- レット・バトラー:南北戦争中、密輸で巨利を得た無類漢。戦後は北部人と結託するが、KKK襲撃事件で南部名士たちの命を救う。
第五部
「本当に申し訳ない、スカーレット。まるでご主人が紳士でないような言い方をして、こんなことを言うぼくこそ、紳士とは言えない-ご主人の悪口を奥さんに聞かせていいはずがないんだ。面目次第もないが-ただ、ぼくは-アシュリは言いよどみ、顔をゆがめた。スカーレットは息を詰めて待った。
「いや、弁解無用だ」
家への帰途、スカーレットは馬車にゆられながら、ずっと胸を高鳴らせていた。弁解はしないが、ただ-きみのことを愛しているんだ!そう言いたかったんじゃないかしら。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p189
出産後スカーレットは事業に戻り、業績不振のアシュリへ指示を飛ばします。そんな中で利己的で人権無視、利益重視の対策をスカーレットは求めますが、アシュリは指示に拒否反応を示し、「スカーレットがバトラーに毒されていくのは耐えられない」と想いを吐露します。
この言葉を受けて、スカーレットはアシュリからの愛がまだあると感じ取り、自身の純真を守るため、バトラーと夜を共にしないことを決めます。この決定は二人の会話の機会を減らし心の距離を遠ざけ、夫婦の関係を大きく悪化させる原因となります。
この場面でアシュリは、バトラー以外の男であれば耐えられるとも述べていることから、アシュリからのスカーレットへの想いは残っていることと同時に、アシュリから見てもバトラーはスカーレットへの想いの上で無視できない存在であることが読み取れる描写です。
アシュリからのスカーレットへの期待を持たせ続ける態度も、この物語をより入り組んだ味わい深いものにする要因ですね。
「わたしこれ以上子どもは持たないことにしたわ」
突然の宣言にびっくりしたとりても、レットはそれをおくびにも出さなかった。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p190
アシュリからの言葉を受けてからの帰宅後、スカーレットはバトラーに上記宣言をします。避妊しないことが当時のキリスト教的価値観であったようで、上記の発言はただ子どもを作らないだけでなく、夜の生活の拒絶をも意味します。
「きみは早くもわたしに飽きたんじゃないか?まあ、女より男のほうが飽きやすいものだがね。きみの純潔を護るがいいよ、スカーレット。わたしはなにも困らないからね。痛くもかゆくもない」レットは肩をすくめてにやりとした。「幸いにしてこの世にはベッドがいくらでもあるし-ベッドの多くは女性でいっぱいなんだから」
(中略)
「毎晩、ドアに鍵をかけるわ!」
「かければいいさ。こちらがその気になれば、鍵なんか役に立たないからな」これで議論は終わりだというように、レットは背をむけて部屋を出ていった。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p193-194
そして夜を一緒にしないことを宣言されたバトラーの返しが上記となり、スカーレットからの拒絶など些細な問題であるように振舞い、議論を切り上げて部屋を出ていってしまいます。
スカーレットは自ら持ちだした話題でありながら、バトラーの想定外の反応に傷つきます。スカーレットの認識の中では、アシュリとの純真を守るための発言であったとようですが、バトラーからの自分への愛を確かめたいという想いも無意識にあったのではという考察ができるポイントです。
自分の希望が通ったわけだ。これは、自分とアシュリが望んだこと。なのに、ちっともうれしくなかった。
(中略)
ベッドでいつまでも面白おかしい話をした夜が恋しくなるだろう。例の冷たい霧のなかを逃げる悪夢にうなされてい目覚めたとき、しっかり抱いて慰めてくれる腕が恋しくなるだろう。不意にスカーレットはとてつもなく悲しくなり、椅子の腕に頭をもたせて泣きだした。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p194-195
事前の想定と異なり、希望がすんなりと受け入れられてしまったスカーレット。しかし、生まれたのは達成感ではなく、バトラーから軽んじられているという屈辱感、そして、日々の生活での大事な時間を失った悲しみでした。
スカーレットは、バトラーとの夜の二人の時間が自分に取って貴重な時間であったことを失って初めて痛感します。
「男の子は自分の父親を誇りにできなくてはいけない-たとえ義父でもだ。いじめっ子のちびどもの前で恥ずかしい思いをさせられない。残酷な生き物だから、子どもというのは」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p203
自分が戦争に行ったことは誰にも言わないようにと他言を禁止してきたバトラー。しかし、スカーレットの1人目の息子であるウェイドがいじめられている様子を感じ取ったバトラーはその態度を急変させ、ウェイドの実父のチャールズも立てながら自身の武勇伝を語り、ウェイドを勇気づけます。
スカーレットからなぜ態度を変えたのか聞かれた際のバトラーのセリフが上記です。
血の繋がらないウェイドに対しても、子どもたちの社会からの受け入れられ方とそれによる将来への影響に懸念を示し、自分のポリシーを変えるという姿にバトラーの意外な優しい一面とカッコよさを感じ印象に残った場面です。
相手に必要な言葉や態度を感じ取りそのように振舞えるスキルを、少しでもスカーレットに向けていれば・・・という思いもあります。
「金がなんだ!われわれの金をいくら注ぎこんでも、わたしがボニーのために臨むものは買えないんだ。(中略)スカーレット、きみもおろかだったよ。何年も前から子どもたちに将来の場を確保しておくべきだった-なのに、きみはそうしなかった。自分にあたえられた社会的地位すら維持しようとしなかったんだ。いまごろになって、改心したいと思っても、後の祭りだろう。」
「どれもこれも、わたしはいわゆる”コップの中のあらし”だと思うけど」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p207-208
ウェイドが周りから受け入れらていない現状から、これまでの自身とスカーレットの振る舞いが自分の愛娘ボリーの将来に与える影響をバトラーが憂うシーンです。自身の振る舞いを悔い改めたバトラーはアトランタ市民への社交を広げていきます。
これは周囲に優しくしたいという利他的なものではなく、自分の子供の地位を確保するという子煩悩で利己的な動機による表面上の変化に留まりますが、バトラーは子どものために大きく振る舞いを変え、直にアトランタに受け入れられていきます。
一方で、スカーレットはバトラーと結婚しても、大金を手にしても、3人目の子供ができても、理想像としてきた母エレンのような優しい貴婦人への道を目指そうとする姿勢は一切見られません。いまだにお金の力を信じ、周囲の評判や社会的地位など無価値だと切り捨てます。
第四巻におけるバトラーの「いや、余裕があっても-やさしくしないだろうな、きみは。」という予言(参考:第四巻の記事)が的中していることを明確に描写する場面と感じました。
「やだ。気持ちわるい」ボニーは率直に答えた。
「パパがどうしたって?」
「臭いの。アシュリおじちゃまは臭くないもん」
「いや、まいったな」レットは悲しげに言って、ボニーは床におろした。「よりにもよってわが家で、金主主義の推進者と出くわすとは!」
とはいえ、それ以降、レットは飲酒を節制し、食後にワインを一杯ほど飲むだけになった。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p234
スカーレットからの夜の生活の拒絶後に深酒が増えたバトラー。ボニーを抱きあげようとしますがお酒の匂いを理由に拒絶されるシーンです。匂いを理由に父親が娘から嫌がられること自体は一般家庭でも見られる何気ないシーンと思いますが、ボニーからもアシュリの名前が出てくるのが印象的です。
この後、酒豪のバトラーがお酒を控えることから、バトラーのボニーへの溺愛ぶりが見て取れますし、その理由にスカーレットへの恋敵であるアシュリの名前が出たことによるショックも強いのかなとバトラーの心情の考察のしがいがあるシーンです。
また、スカーレットがボニーをアシュリによく会わせている可能性も読み取れるのが興味深い場面と感じました。
「わたしはいまの暮らしのほうが好き」スカーレットはもう一度言ったが、声が震えていた。アシュリは信じられないというように低く笑いながら、テーブルからするりと離れていた。片手をスカーレットの顎の下にあて、顔を上向かせた。
「ああ、スカーレット、きみはなんて嘘が下手なんだ!そう、いまの世の中はきらきらしているだろうさ-ある意味では。そこが良くないところだよ。昔の暮らしには金ぴかのものはなかったが、独特の魅力があった。美しさと、悠然とした華があった。」
スカーレットは気持ちを正反対のに方向に引っ張られ、目を伏せた。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p254-255
アシュリのバースデーパーティが企画され、準備までの間にメラニーからアシュリを職場で足止めするようお願いされたスカーレット。パーティー前という高揚した雰囲気もあってか、アリュリも饒舌で二人の会話は久しぶりに弾みます。
二人の気持ちは次第に戦前の貴族時代の思い出に包まれていき、話題がそれぞれの幸せの形に進んだところをピックアップしました。
バトラーとの結婚により念願のお金持ちとなったスカーレット。しかし、アシュリとの問答で、お金で幸せが得られていないことに気付くと同時に、<タラ>でののどかな日々がもたらした充実感がよみがえります。
過去を振り返らず歩んできた自分の道を否定できないスカーレット。現在と過去の生活に揺り動かされながらも、今の生活のほうが幸せと自分に言い聞かせるように宣言しますが、アシュリにその嘘はあっさりと見抜かれてしまいます。
過去の暮らしを振り返りたくなかったスカーレットですが、想い人アシュリからの指摘とその言葉の意味に気付けた感動により、アシュリの言葉を受け入れ、二人は心も体も距離を近づけていきます。
「あの頃のわたしたちはりっぱな希望を持っていたじゃない?」と言ってから、畳みかけるように、「ああ、アシュリ、だけど、なにひとつ期待どおりにはならなかった!」と付け足した。
「ものごとは思い通りにならないものさ」アシュリは言った。「人に期待通りのものを差し出す義理は、人生にはないからね。ぼくたちは手に入ったものでやっていくしかないし、そのていどで済んで良かったと感謝しないと」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p258-259
前の場面より引き続き会話を楽しむ二人。戦前の頃の二人に戻ったような不思議な空間でスカーレットは<タラ>時代の日々を回想します。
ずっと封印してきた過去への想いがあふれ出したスカーレットの目には涙があふれ、アシュリはそれを抱きしめて慰めます。しかし、間が悪いことに二人を迎えに来た面々に、抱き合うシーンを目撃されるという失態を犯してしまいます。
どこからどう見ても浮気を疑われる場面を目撃されたこのスキャンダルな事件は、アトランタの市民を巻き込みながらスカーレット、バトラー、アシュリ、メラニーの関係をさらに大きくこじれたものとしてしまいます。
物語上でも大事な場面ですが、個人的にはアシュリの「人に期待通り~」というセリフが、現代のわたしたちの教訓にもなると感じ、印象に残ったのでピックアップしました。
手に入らないものを嘆くのではなく、手の中にあるものを大事に感謝して生きていくことが、満たされない欲求に振り回されず平穏な良い人生を過ごす上で重要な心構えであると考えます。
「そうだろ、きみが貞操を護れたのは、アシュリが抱いてくれようとしなかったからだ。だがな、わたしはきみの体などあいつにくれてやってもよかったんだ。わたしはよく知っているが、肉体なんていうのはいかにもつまらないものだ-とくに女の体なんかはな。
しかし、きみの心と、そのしぶとくて不届きで強情な精神は、やつには持っていかれたくない。なのに、あのばかはきみの精神は要らないと言い、わたしはきみの肉体は要らないとい言う。(中略)わたしが欲しいのはきみの頭と心なんだ。なのに、それはどこまで行っても手に入らない。きみがアシュリの精神を手に入れられないのと同じだ。(中略)」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p289
アシュリと抱擁している現場を見られたスカーレット。そのスキャンダルは直ちにアトランタ中にバラまかれてしまします。楽しみにしていたパーティは直ちに地獄の時間へ変わってしまいます。
そんなスカーレットを救ったのはメラニーでした。メラニーは噂を否定し、二人の潔白を信じ切ります。メラニーはパーティ中にずっとスカーレットに寄り添い、来客からの口撃からスカーレットを護ります。しかし、スカーレットは自分がメラニーに護られたという事実に納得がいかず、素直にありがたさを認めることが出来ません。
一方で、最も荒れたのはバトラーであり、そのセリフを連続でピックアップします。まずは、夜の二人の時間でさえ、スカーレットの頭の中にアシュリがいる不実をバトラーが指摘し、現状を嘲るセリフです。
嘲りながらもそのセリフからスカーレットに抱くバトラーの想いが明確に描写される点が印象的です。ただスカーレットを欲するのではなく、心と精神を求めるバトラー。しかし、心と精神にはアシュリが居座るため、バトラーは満たされません。
肉体と精神を区別する描写は、スカーレット、バトラー、アシュリ間での三角関係を結婚後も継続させ、一段階深く複雑な物語に仕上げていると感じます。
この複雑な関係を三角関係と安易に表現していいのか少し不安ですが・・・。
「そうだ、きみがあまりに子どもだからかわいそうでね、スカーレット。月を欲しがって泣く子みたいなものだ。子どもが月なんか手に入れてどうしようと言うんだ?それと一緒で、きみはアシュリ・ウィルクスを手に入れてどうしようと言うんだ?本当にかわいそうになるよ-きみが両手にいっぱいの幸せを投げ捨てて、手に入れても幸せになれっこないものに手をのばすのを見ると、気の毒になってくる。
ああ、気の毒さ。似た者同士でくっつく他に幸せの道はないってことが分からないばか者なんだから。(中略)二人が望んでて手に入らないものなどなにもない。ああ、幸せになれたはずだ。なにしろわたしはきみに愛していたし、骨の髄まで知り尽くしているだからな(中略)」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p290
引き続き、スカーレットの不実をバトラーが責める場面となります。幸せが直ぐ近くにあるはずなのに、それに気づかず、手に入らないもの、手に入れても仕方ないものを追い求めるスカーレットを気の毒と哀れみます。
また、バトラーがスカーレットへの愛を明確に伝えているのも着目ポイントです。これまで一度も伝えていなかった想いを吐露することから、バトラーの気持ちが相当荒れており、すぐ手に入るはずの幸せが手に入らない現状への絶望に似た感情があることが読み取れます。
その絶望が、「愛している」ではなく「愛していた」と告げるセリフに繋がっているとも考えられますね。
一方で、スカーレットへは、この表現が過去形となっていることに気付いた様子はありません。初めてバトラーからの愛を告げられ、その後激しく求められたスカーレットは、生まれて初めての充実感を得て、バトラーへの気持ちが再燃します。
その動機の一つはバトラーを手中に収めたという確信により、バトラーを好きにできるというスカーレットらしい若干ひねくれたものでしたが。
しかし、スカーレットがこの気持ちを抱くには一歩遅く、バトラーは2日間行方をくらました後、スカーレットの元を離れ愛娘ボリーを連れて旅行に去ってしまいます。お互いへの気持ちはあるものの、不器用さによるすれ違いから距離が縮まらないどころか離れていく二人にもどかしい気持ちがより高まります。
似た者同士だからこそ惹かれ合う二人ですが、不器用な愛情表現まで似なくても・・・というもどかしさがありますね。
「やはり、彼女には話せない」スカーレットはそう思って打ちひしがれた「良心の痛みで死にそうになっても、話すわけにはいかないわ」-そこで酔っ払ったレットの言葉を唐突に思いだした。”だれもあれは自分の愛する人間がそんな卑劣なことをするなんて、彼女は考えられないんだ”・・・・・これをきみの背負う十字架の一つとしたまえ”
ええ、死ぬまで背負っていく十字架にするわー。
(中略)
「わたしはうんざりするような重荷をたくさん背負ってきたけど、これはなかでも一番重くて邪魔っけな荷物になりそうだわ」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p308
スキャンダルにより、アシュリの顔に泥を塗ってしまったことを悔やむスカーレット。その心の苦しみから解放されるため、アシュリへの想いとメラニーへの裏切りを、メラニーに告白しようとします。
しかし、二人の潔白を盲信するメラニーは、スキャンダルに関するスカーレットの弁解は一切不要と発言の機会すらくれません。その様子からアシュリに関するメラニーへの裏切りという自分の罪を、一生背負い続かなくてはいけないことを悟る場面です。
ここで、告白の動機に、メラニーには正直にはいたいという気持ちがあることから、スカーレットもメラニーを特別な存在と認識し始めていることが分かります。
このメラニーという存在はスカーレットにとって最も重要な人物の一人でありながら、想い人アシュリへの障壁、母エレンというスカーレットの幼き頃からの理想像の体現となり、スカーレットを思い悩ませる存在であることも、「一番重くて邪魔っけな荷物」という表現に込められていると感じました。
けんか別れをした初めの頃こそ、レットとあの侮辱に怒りが収まらなかったが、その時期がすぎると、恋しく思うようになり、音沙汰もないまま日がたつうちに、ますます恋しさは募っていた。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p326
スキャンダルの後、スカーレットへ感情を爆発させ、そのまま旅に行ってしまったバトラー。スカーレットは初めは受けた侮辱への怒りが強かったものの、長い別居の日々でバトラーへの想いを募らせることになります。
ここでは、スカーレットからバトラーへの愛が、これまでより明確に描写されているのがポイントと感じます。スキャンダル事件で、その気持ちは消えるのではなく、寧ろ強まっているとも読み取れます。
愛を自覚する原因としては、バトラーから愛を明言されたこと、その後強く求められたこと、距離が離れたことでその有難さを実感したことなど、色々考えられます。
個人的には最後の理由が最も強く、スカーレットは自分に取って何が大切なものかを失わないと分からない。言い換えれば、自分の手元に無いものを追い求める性格であることが描写される場面と感じます。
「それで、その幸せな父親はだれなんだ?アシュリか?」
(中略)
ここまで酷い侮辱をされるとは思わなかった。もちろん、冗談のつもりだろうが、世の中には言っていいことと悪いことがある。(中略)「この人でなし!」腹に据えかねてスカーレットは声を震わせた。
(中略)
「まあ、元気をだせよ」彼はそう言うなり背をむけて、階段をのぼりはじめた。「流産するかもしれないしな」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p337-338
長期の旅行からバトラーが家に帰ってきた場面です。スカーレットはバトラーの帰宅を素直に喜べません。それは、バトラーの子供を再び妊娠しており、それをどのように伝えようか迷っていたためです。
この妊娠がなければ、旅行期間中にバトラーへの想いを膨らませていたスカーレットは、喜びと愛の感情をバトラーに伝えることが出来たかもしれません。
久しぶりの再会でありますがお互いに気持ちを打ち明けられず、相手の気持ちを探り疑う、牽制し合いの冷たい会話が繰り広げられます。久しぶりの再会にも関わらずバトラーの辛辣な態度に失望したスカーレットは、明るい存在と思っていたお腹の子も、むかつく重荷に変わってしまいます。
そして、会話の流れからスカーレットが妊娠について不満げに言及した後のやりとりが上記となります。
バトラーはスカーレットに対する希望を完全に失っている様子、あろうことか、浮気による子どもではないかと、心ない言葉をかけてしまいます。勿論、スカーレットは激昂してしまいます。
しかし、その激昂に対してもバトラーは、真摯に向き合わず、更に心ない一言を告げその場を去ろうとしてしまいます。
スカーレットの度重なる「もう子供はいらない」発言も、このバトラーの態度を生みだした一因と考えます。
スカーレットは、いよいよ堪忍袋の緒が切れてバトラーにとびかかり、バランスを崩し階段から転げ落ちてしまいます。この事件は二人の心の距離を決定的に遠ざけることとなります。
「あなたには分からないんだ。彼女は子供は欲しくないと言っていたのに、わたしが無理強いして-この-この子が出来たのは-すべての非はわたしにある。わたしたちはしばらく前から寝室も別にしていたぐらいで-」
(中略)
「なのに、わたしは酒に酔って、頭が変になっていた。彼女を傷つけてやりたかったんだ-自分が傷つけられた仕返しに。わたしはしたいことを-実際にした-だが、彼女はわたしなど要らないと。昔から彼女にはわたしなど不要なんだ。そう、求められた例しがない。わたしなりに努力はした-懸命にがんばってみたが-」
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p347
「いいや、あなたはなにも分かっちゃいない!分かるはずがないんだ!こんな善良な人には理解できるはずがない。信じられないだろうが、わたしの話はぜんぶ本当だし、わたしは犬畜生にも劣る人間だ。どうしてあんなことをしたか、あなたに分かるか?嫉妬に狂っていたからだ。
彼女はわたしにちっとも心をむけてくれなかった。こちらが努力すれば愛されるかと思ったが、それは思いすごしだった。わたしはいまも愛されていないし、愛されたことなどないんだ。なぜなら、彼女が愛しているのは-」
レットは泥酔してぎらついた目をしていたが、メラニーと目が会うと、はっと言葉を呑んで、唖然とした顔になった。
風と共に去りぬ第5巻 ミッチェル p350
バトラーが、スカーレットにしてしまった罪の懺悔をメラニーにする場面です。バトラー強い後悔から酒に溺れ、スカーレットの想い人がアシュリであることをその妻メラニーに思わず打ち明けかけるほど荒れます。その中でスカーレットに対する強い愛の想いと、気持ちが報われない絶望が吐露されます。
バトラーはスカーレットの心と精神が欲しいと述べていましたが、ここでもスカーレットからの愛を強く熱望していたことを告白します。
スカーレットから愛されたいというバトラーの願望から、求婚時のお互いに愛が無いという宣言が、強く尾を引いていることが分かります。
そして、バトラーなりに愛を手に入れようと試行錯誤に苦しんでいたことが分かる場面です。どちらか片方からでも愛しているというシンプルな愛情表現があれば、歩み寄ろうとするタイミングが少しでもかみ合っていれば、二人の関係がここまでこじれることはなかったでしょう。
この場面、スカーレットはバトラーも呼んでいるのですが、メラニーは二人を会わせてはいけないと気を遣い、バトラーには「スカーレットはあなたのことは呼んでいない」と伝えています。窮地でも自分は求められない存在であることはバトラーをより追い詰めているでしょう。
このメラニーの優しさからの振る舞いにより、お互いの本心を確認する機会が失われ、皮肉にも二人の関係をよりこじらせたものにしてしまったと感じました。
いよいよ次回が本当のクライマックス!5巻にも渡る壮大な物語の結末に向け、展開も加速し、壮絶な出来事が続きます。度重なる悲劇に対するスカーレットとバトラーの関係の行く末、そしてメラニー、アシュリもどうなるのかが気になりますね。
それではまた次の記事で!