名作を読んでみる「風と共に去りぬ」第一巻:読書日記

今年もGWが終わり、梅雨の足音が近づいてきましたね。皆さまはGWを満喫されましたでしょうか?

私は、GWで時間もいつもよりあったということで、あまり手を出してこなかった名作の小説をいくつか手に取ってみました。その一つが南北戦争が迫るアメリカでの一人の少女の怒涛の人生を描く「風と共に去りぬ」です。

全5巻にもわたる超大作なので中々手が出せなかったのですが、今回思いきって挑戦してみました。備忘録も兼ねて印象に残ったセリフ場面をピックアップしていきたいと思います!


先の巻の話は書きませんが、未読の方はネタバレ注意です!

あらすじ&背景情報

新潮文庫あらすじ

アメリカ南部の大農園<タラ>に生まれたスカーレット・オハラは16歳。輝くような若さと美しさを満喫し、激しい気性だが言い寄る男には事欠かなかった。しかし、想いを寄せるアシュリがメラニーと結婚すると聞いて自棄になり、別の男と結婚したのも束の間、南北戦争が勃発。スカーレットの怒涛の人生が幕を開ける-。

登場人物:今回の記事に関係する人と情報に限定(新潮文庫より引用)

  • スカーレット・オハラ:本作のヒロイン。<タラ>の大農園主オハラ家の長女。個性的な美貌と激しい気性の持ち主。
  • ジェラルド・オハラ:スカーレットの父。アイルランド移民で身一つから大農園の主に成り上がった。
  • エレン・オハラ:スカーレットの母。フランス貴族の血を引く貴婦人。
  • アシュリ・ウィルクス:スカーレットが想いを寄せるウィルクス家の長男。音楽と本とヨーロッパ文化を愛する。
  • チャールズ・ハミルトン:メラニーの兄でスカーレットの最初の夫だが、南北戦争で戦病死。
  • ピティパット・ハミルトン:チャールズとメラニーの叔母
  • メラニー:献身的な心の持ち主。アシュリと結婚する。
  • レット・バトラー:チャールストンの名家出身ながら、無頓で不思議な魅力をもつ。

舞台背景:南北戦争時期のアメリカ

舞台は1861年~1865年の南北戦争が迫るアメリカ。主人公のスカーレットは南部連合側に位置する大農園主の長女です。商工業発達による近代化が進み奴隷制度廃止を主張する合衆国連邦(北側)奴隷を使役した大規模農業により稼ぎを上げる南部連合間の摩擦が大きくなる中、物語はスタートします。

南北戦争については世界史の窓さんで、背景を学びました。

また戦争以外で補足するべき背景知識として、本小説の舞台は貴族文化が残っており、女性は夫を支える存在としての役割が求められていました。その周囲から求められる理想像スカーレット自身の欲求との間のジレンマというのも本書を読む上での一つのポイントと考えています。

第一部

大農園主の長女という恵まれた生まれにあわせ優れた容姿を持つスカーレットは、パーティーや乗馬に言い寄る男たちと、充実した日々を満喫していました。

そんな中、スカーレットがひそかに想いを寄せるアシュリが他の女性と結婚することが、翌日のパーティで発表される予定であるという衝撃的なニュースが飛び込みます。

なんとか他の女性との結婚を阻止し、アシュリの目を自分に向かせることは出来ないか。スカーレットはそのパーティでアシュリを自分のものにするための計画を、自身の美貌への自信から楽観的に描いていきます。

スカーレットは<タラ>を吹きわたる風のように、その間を縫って流れる黄色い河のように、率直で生まれっぱなしの人間だった。きっと死ぬまで、込み入ったことは理解できない人である。それがいま、生まれて初めて、複雑な人間性というものに直面していた。

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p60

ここはスカーレットから見たアシュリを描く場面です。自分と異なる存在であるからこそ魅かれるというスカーレットにとってのアシュリの魅力と共に、スカーレットとアシュリが理解し合えない運命であることを示していますね。

また同時に主人公のスカーレットの本質を示唆する一場面でもあると感じました。この「率直で生まれっぱなしの人間」という点が、物語におけるスカーレットの衝動的な行動を生む要因となります。

周りから見た世間体と自分の本心との間で揺れる主人公の姿が本書の大きな魅力の一つです。

スカーレットは母のようになりたくてたまらなかった。ただ、ひとつ問題なのは、公正で思いやり深く無欲な人間になるなら、人生の楽しみなんてほとんどあきらめなくてはなくてはならないこと。(中略)そんなお楽しみをむざむざ見すごしにできるほど、人生は長くない。(中略)そう、いつの日かそういう時間がもれるようになったら、お母さまのようになるつもり。でも、それまでは・・・。

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p135

ここはスカーレットの葛藤をより直接的に描写する場面ですね。自分の美貌を生かしたきらびやかな日々を求めながらも、当時の世間が婦人に求めていた「りっぱな貴婦人」の理想像として、母のエレンを神聖視していることが分かります。いつかは周囲が求める貴婦人へ成長しなければならないと、この時点でのスカーレットは考えています。

母エレンの存在はスカーレットにとって安心をもたらす救いであるとともに、自分の気質と異なる理想像を示す葛藤の源ともなることがうかがえます。

この娘はまだ母に教わったことがなかったのだ。世の中には望んでも手に入れられないものもあるということを。「俊足の者がレースに勝つとはかぎらない」ということも、まだ人生から学んでいなかった。

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p162-163

想い人アシュリの婚約を知りつつも、自分のモノに出来る可能性をまだあきらめていないスカーレットの未熟さを語る文章です。この未熟さは後悔を生む後の誤った選択をもたらす要因ともなります。

10代で結婚や出産が当たり前の早熟な社会で、周囲の意見に従うままに人生が決まってしまう危険性も感じる箇所だな個人的に感じました。

結果として、パーティの合間でアシュリをつかまえて告白するもキッパリと振られ、虚栄心と自分の魅力への自惚れで出来ていた恋心は敗北に終わります。さらに、その場面をたまたま同室で眠っていた無頓なバトラーに聞かれるという更なる失態も犯します。

自信家のスカーレットにとって予想していなかったこの敗北は、自分自身や自分を振ったアシュリも含めた世界のすべてに対する憎悪の心を生みます。そして、プライドの高さから生まれる周囲の目を気にした不安も重なり、好きでもない別の男との結婚を自棄かつ衝動的に決めてしまうところで第一部は終了します。

第二部

アシュリと結婚できないという絶望により自棄になったスカーレット。愛を感じない男と衝動で結婚したのもつかの間、南北戦争に召集された夫は戦果をあげられぬまま亡くなり、未亡人となるという怒涛の展開で第二部は始まります。

この時代の未亡人は夫への変わらぬ愛を示すため、徹底して質素に喪に服した生活が求められていました。若い男性との接触もできず、大好きだったパーティへの出席やきらびやかなドレスの着用も許されない社会でした。

もう自分の美しさを生かして周りからちやほやされたり、パーティを楽しむことともできない。スカーレットは自分の運命に絶望し、自身の衝動的な結婚という選択を深く後悔します。

そんな中ひょんとしたきっかけで、スカーレットは久しぶりのパーティーに参加する機会を手にします。次の場面はそのパーティで、南部連合のために戦争へ身や家族を捧げるという大義を周囲がもてはやす中、その大義が自分にとっては重要なものに感じないという周囲とのずれをスカーレットが強く自覚する場面です。

だめよ-だめだめ!そんなこと考えちゃいけない!間違ったことだし、罪深いことだわ!しかし自分ではもうわかっていた。「大義」が自分にはなんの意味もないことを。みんながあんな物狂おしい目をして大義のことを語るのを聞くのにうんざりしていることを。

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p377-378

大義のための献身を求める世間に従うべきという建前の自分と、どうしてもそれが本心から大義が大事なものと感じれない本音の自分との乖離が描かれます。

そんな中、アシュリへの告白を目撃していたバトラーと再会します。バトラーはスカーレットへ話しかけ、大義や服喪の習慣の意義について質問を投げかけます。そして、愛していない男と自棄で結婚したという秘密を胸に閉まっておくと宣言することでより強い揺さぶりをかけます。下記はその続きの場面です。

「安心していただこうと思ったまでですよ。では、なんと言ってほしいんです?『おれの女になれよ、べっぴんさん。でないと、ぜんぶばらしちまうぞ』ですか?」バトラーの目を仕方なく見返すと、少年の瞳のようにいたずらっぽく輝いていた。急にスカーレットは笑いだした。結局のところ、なんとも滑稽な状況ではないか。

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p406

当初スカーレットは、アシュリからフラれたシーンを見られたバトラーから距離を置きながら会話を進めます。スカーレットが愛していない男と勢いで結婚したことをバトラーが知っているという点も気まずさの一因です。しかしこのシーンの前後で、二人の会話の距離とスカーレットから見たバトラーの印象に変化がみられるターニングポイントと感じました。

また、この滑稽さは何から生まれているのかという点はいくつか解釈の方法がありそうです。自身の愚かな選択とそれによる現状を客観視した結果か、奔放にふるまった過去としきたりに準じる現在のギャップによるものか、自由奔放な振る舞いを続けるバトラーへの憧れによるものか。

筆者がどのような意図を込めたのか、今後の巻の内容も踏まえながら改めて考えたいと感じる興味深い場面です。

続く場面でバトラーは世間体を気にすることの無意味さを説き、本心のありのままで生きるようスカーレットに促します。

「質問をはぐらかないでいただこう。これまでに、世の女性たちになにか言われて困ったことでもあるんですか?」-バトラー

「あのね、どうしても答えろというなら、答えはノーよ!でも若い女性は気にするものなの。もっとも、今夜のわたしは気にしませんけど」-スカーレット

「ブラボー!やっと他人に考えてもらうのはやめて、自分で自分のことを考えはじめたようですな。知恵のつき始めだ」-バトラー

風と共に去りぬ第1巻 ミッチェル p426

周りからの意見ではなく、自分の意思で自分の本心に従って生きる姿勢への変化がより明確に描かれる場面です。

ただその一方で、客観的に見ると、このスカーレットの心境の変化ですらバトラーが仕掛けた思惑に従ったものとなるでしょう。自分で考えようとしたつもりでも、周りの意見に左右されている状況は変わっていない。自分の意見を持つことの難しさも感じ取れる場面であると思い印象に残りました。

スカーレットが周りの目という名の檻から解放を見せ始めるところで第一巻は終わります。次巻以降でスカーレットはどのような人生を歩み始め、どのように変わっていくのか・・・気になりますね!

それではまた次の記事で!

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