引き続き、人工知能についての読書を進めていきます。
今回はAIの活用が広まった社会でどのような能力が必要となるかという深堀をするため、新井紀子氏の「AI VS 教科書が読めない子どもたち」(東京経済新報社)を取り扱います!
今回の本は全国読解力調査をもとに議論が進められますので、現在の日本の教育の課題という面でも参考になる1冊だと感じました。
今回の本
国立情報学研究所社会共有知研究センター長・教授である 新井紀子氏の「AI VS 教科書が読めない子どもたち」 がテーマです。
著者は数理論理学を専門としており。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトディレクタと務められています。(研究に関するHPはこちら)
その取り組みのエピソードから、人工知能が得意なことと、実現が難しい課題が紹介されます。
また、2016年より研究を主導された「リーディングスキルテスト(読解力調査)」の結果より、現在の日本人の読解力の問題点を指摘。その状況を踏まえどのようなシナリオが考えるかが紹介されています。
概要
今回の本は下記の通り構成されています。
第1章 MARCHに合格-AIはライバル
本書を進める上必要となる定義の確認とAIの進化の歴史が紹介されます。
また、AIにできることと、どうしてもできないことを解明するために立ち上げられた プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」に対して取られた戦略が紹介されます。
最終的にこのプロジェクトは2016年後のセンター模試で、偏差値57.1を達成し、MARCHや関関同立の合格圏内に入るまでに成長します。
そして、ロボットがセンター試験の受験者上位20%に入り、ホワイトカラーを目指す若者の平均値を大きく上回ったというこの結果を踏まえ、AIの発展により人が仕事を奪われる未来と日本が抱えるリスクについて、警鐘を鳴らします。
第2章 桜散る-シンギュラリティはSF
人工知能が東大に入ることは現時点では難しいというのが上記の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトの結果となり、タイトルの「桜散る」に繋がります。
しかし、このプロジェクトの目的は AIにできることと、どうしてもできないことを解明することです。
本章ではプロジェクトでの取り組み方法を交えながら、AIの苦手な点(読解力と常識)とAIの得意な点(数学:論理と確率・統計)を解説します。
そして、その苦手な点と得意な点から、現在実用化や実用化に向けて取り組まれている下記のプロジェクトについて、AI開発のアプローチ方法とその限界が紹介されます。
- Siriの会話能力
- 自動作曲(+作文/作詞)
- 機械翻訳
- 画像認識
本章の最後で、筆者はシンギュラリティ(本書内での定義:「真の意味でのAI」が自分自身よりも能力の高いAIを作り出すようになる地点)の可能性について下記のように否定します。
コンピューターが数学の言葉だけを使って動いている限り、予見できる未来にシンギュラリティが来ることはありません。そう言うと、「夢がない」とか「ロマンがない」と批判されることがありますけど、来ないものは来ないと言うしかありません。
AI VS 教科書が読めない子どもたち p163
物事を適切に判断するには、絵空事に惹かれず、しっかり背景や情報を調べて考えることが重要ですね。物事の反対側を見るためには、シンギュラリティ肯定派の方の意見も調べなくてはと思いますが。
第3章 教科書が読めない-全国読解力調査
AIに代替される未来を回避するには、AIに出来ない仕事をこなすスキルを身に付ける必要があります。
そこで問題となるのが、そのようなスキルを現在の日本人が身に付けているか、身に付けられるかという点です。
AIが苦手とする読解力について、学生たち、つまり未来の若者たちはどれほどのスキルを持っているのでしょうか。
本章では、それを明らかにするアプローチとして全国の学生対象に実施された全国読解力調査の結果を紐解いていきます。
正答率や、読解力を6つのスキルに分類した時の傾向より、現在の教育の前提部分に関わる重大な課題提起がされます。
それがタイトルにもある「教科書が読めない子どもたち」につながります。
ある程度の入試問題を解くだけであれば、過去問題や例題を繰り返すことによる暗記や計算で対処が可能です。
しかし、一見内容を理解しているように見えても、実際は教科書の内容を適切に読み解く力が身についていないといいう現状を本書は指摘します。
この状況について、筆者は下記の通り警鐘を鳴らします。
高校生の半数以上が、教科書の記述の意味が理解できていません。これでは、8割の高校生が東ロボくんに敗れたこともうなずけます。記憶力(正確には記録力ですが)や計算力、そして統計に基づくおおまかな判断力は、東ロボ君は多くの人より遥かに優れています。このような状況の中で、AIが今ある仕事の半分を代替する時代が間近に迫っているのです。これが何を意味するのか、社会全体で真摯に考えないと大変なことになります。
AI VS 教科書が読めない子どもたち p228
第4章 最悪のシナリオ
以上の内容を考慮して、筆者が考える今後の社会人、仕事、会社、そして世界に起こりえる最悪のシナリオが紹介されます。
また、そのような最悪のシナリオを回避するためにどのような取り組みが必要かという筆者の考えが最後に紹介されています。
読みたいと思った理由
以前から書店で目にして気になっていたタイトルでした。
ちょうど人工知能について、勉強を始めた今がいい機会と感じて手に取りました。
また、以前の記事1, 2, 3で触れた人工知能が進化した社会でどのようなスキルが重宝されるかについて考察をより深めるのも目的の1つです。
読むのをオススメしたい方
AIに関係なく、何かしら教育に携わっている幅広い方
本書は現在の子供たちが教科書が読めないと揶揄しているわけではなく、全国の読解力テストを元に現在の教育の課題について言及しています。
そのため、AIに関係するしないに関わらず、親御様も含め、教育に携わる方なら参考になる本であると確信します。
ただ、その解決方法「読解力を養うためにどのようなことが有効なのか」までは本書では明示されておりません。そのため、この読解力の育て方を目的として読むと、もどかしさを感じる点は注意が必要です。
今後の研究への期待
これは決して出し惜しみというわけではなく、科学的に明示できる要素や方法がまだ見つかっていないのが理由です。そのため、この解決方法が気になる方は筆者の今後の研究(筆者のresearch map)に期待となります。
もしくは、今後の教育界を救うために解決すべき課題を見つける機会がまだ残されていると好意的にとらえることも可能ですね!
読解力を上げる授業や取り組みをテーマとした同筆者の続編「AI に負けない子どもを育てる」(東京経済新報社) がだされているので、そちらも参考になりそうです。
AIの活用が広がった世界でどのようなスキルが必要かを知りたい方
この目的で読む人が多いのかなという印象があります。
興味深いのは前回取り上げた 松尾 豊氏の「人工知能は人間を超えるか-ディープラーニングのその先にあるもの」 でも言及があった、人間らしさが本書でもキーワードとして挙げられている点です。
重要なのは柔軟になることです。人間らしく、そして生き物らしく柔軟になる。そして、AIが得意な暗記や計算に逃げずに、意味を考えることです。生活の中で、不便に感じていることや困っていることを探すのです。
AI VS 教科書が読めない子どもたち p279
個人的には、目の前の仕事や課題に対する活動のみにとらわれず、本ブログで推している趣味を通して見つける自分らしさの大切さにリンクする気がしました。
自分らしさと人間らしさは厳密には異なるものですが、自分らしさの探索とそれにより発揮する個性の中には、人工知能では出来ない仕事に繋がるヒントやスキルが含まれることでしょう。
読んで感じたポイント
勉強になった点
コンピューター、そして人工知能はあくまで計算機
今回の本で勉強になったのはコンピューターはあくまで計算機であるという点です。
言語認識やSiri、またペッパー君は画面や声として会話が表示されるため、あたかもわれわれの会話を言語として認識しているという錯覚を受けますが、実際は数学をもとに認識されています。
ここが、人工知能は読解力が苦手という本書の重要なポイントの理由となります。
現在の人工知能の開発方針で本当の人工知能を達成するためには、この世界のすべてを数学で表現する必要があります。
しかし、筆者が本書で説明する通り、現実問題、数学だけでこの世界を表現できません。
数学は4000年の時間をかけて、論理、確率、統計という表現手段を獲得しました。けれども、反対の言い方をすると、数学が説明できるのは、論理的に言えることと、確率・統計で表現できることだけということです。つまり、先述のとおり、数学で表現できることは非常に限られているということです。
AI VS 教科書が読めない子どもたち p117
そのため、われわれがさりげなく実施しているこの世界の知覚/認識が、機械には大きなハードルとなるのです。
ここに、人工知能が発展した社会でも求められるスキルは何かという問いを考えるヒントがあります。
個人的には数学だけでこの世界をできるだけ表現するにはどうすればいいのかという取り組みは、なんだかアートに通じる点があるような気がして面白く感じました。
面白いと感じた点
読解力が無ければアクティブラーニングは絵に描いた餅
教育の課題として、その大部分を占める授業のメイン教材である、教科書の読解が出来ていないという点は衝撃的でした。
また、個人的には、読解力が無い状況では「アクティブラーニングは絵に描いた餅」という指摘もインパクトが大きかったです。
会社で何年か教育担当を務めていますが、その過程で重要な要素はアクティブラーニングの姿勢を身に付けることだと結論づけていました。
継続的に何が課題であるかを自主的に考え、情報を調べて、必要なスキルを身に付けて課題を解決していく姿勢があれば、どのような環境変化にも対応できると考えているためです。
しかし、アクティブラーニングを実施するためにも読解力という前提スキルが必要であるという点は見落としていました。
アクティブラーニングには下記を例とするさまざまなスキルが必要になりますが、確かに読解力が無い状況ではいずれも空振りに終わってしまうでしょう。
- 自分で情報を調べる
- 情報が正しいか判断する
- 情報を整理して自分の主張や考えに活かす
- 解決すべき課題を特定する
- 解決すべき課題について議論し周囲を巻き込む
- 解決する方法を考え取り組む
- 問題への取り組みが適切であるか検証する
アクティブラーニングの内容と響きは美しく、理想的ではあります。しかし、それが適用できる状況にあるかという事前検証がないと、筆者の指摘する通り絵にかいた餅となります。
この聞きざわりや理想論にとらわれず、取り組み自体が実施できる状況にあるか、本当に効果があるかという前提条件の冷静な確認は、アクティブラーニングにかぎらず、他の取り組みについても応用できる大事な考え方となるでしょう。
自分の行動に取り入れるなら
自分が担当する教育環境の課題を特定する
教育業界に限らず人に物事を教える場面は出てきます。
その中で伝えたいことが思い通りにうまく伝わらないという経験がある方は多いのではないでしょうか。
それぞれの環境がありますので、その原因が読解力にあると言い切ることは出来ませんが、前提部分を科学的に検証するという本書で紹介された取り組みは、課題を特定する上で大変参考になります。
なんとなくの対策で無駄な工数を使うことを回避し、必要なところに必要なアプローチを届けるため、何が本当の課題であるかの特定は非常に重要です。
もちろん、調べた気になるのが目的となる事前の十分な検討や分析が無いアンケートというのも問題です・・・。
また教える側も、自分の業界の常識を前提とした、もしくは高度な読解力を必要とするわかりにくい教え方となっていないかという注意も必要ですね。
私の活動としては、現在学生の教育に携わる機会はありません。そして、会社での教育となると読解力を指導するには不適切と感じるので、アクティブラーニングが最も重要という個人的な見解は変わっていません。
ただ、指導の相手にその前提となるスキルがあるかという見極めが必要という点には注意していこうと思いました。
読解力を上げる要素はまだわからない
その一方で、その読解力を上げる汎用的な手段や要素は科学的に明らかにされていないというのがもどかしい点です。
生活習慣や、読解力に影響を与えそうな読書習慣や勉強習慣、得意な科目と苦手な科目、そしてスマートフォンの使用時間や新聞購読の有無等をアンケートで調べ、読解力調査の結果と比較しても、読解力に関係がありそうな要素が見つからなかったのです。
一方、追加の検証が必要と注意書きを添えつつ、取り組みにより読解力が向上した埼玉県戸田市のケースを紹介し、読解力を鍛えることができるアプローチが無いわけではないことを補足します。
また、その上で今回の調査が、個人へどのようなアプローチが必要か検討するための判断材料となる可能性も示唆されています。
自分の読解力を確認する
概要でも記載した通り、今回取り扱われている読解力調査は試しに解くことが可能です。
仕事やスキルの習得が上手くいかない、読書をしても知識として身につかないという経験がある方は、その原因は読解力にあるかもしれません。
読解力はどんな活動にも必要となりますので、本書をきっかけに読解力が十分あるか確認してみるのは、それまでの根本的原因を見つけるいいきっかけとなるかもしれません。
本書を読むのに一部苦労したところがあったので、私も読解力が不足している側にカテゴライズされるのかなぁと冷や汗かきながら読んだのは内緒です・・・笑
ただ、希望として、筆者の体験を元としたものではありますが、読解力はいつでも伸ばすことができると筆者は主張しています。
また、これは私の考えですが、本書で紹介された6つのスキルを意識して本を読むことで、これまで難解であった文の構造を紐解き、理解度を上げることができるかもしれません。
本を読む量が読解力と相関が無いというのは、分かりやすい解決法が無くもどかしい結果ではありますが、量ではなく読み方にそのヒントが隠されている可能性があります。
本ブログのように、アウトプットの場を作るというのが読解力の成長につながればいいなというのは私の希望的観測です。
まとめ-AIがあふれた社会で求められる能力を身に付ける
AIが発展した社会でも、自分の能力を発揮して社会に貢献する、自分の生きる意味を感じて自分らしく生きていくためには、AIに出来ないことを考える必要があります。
そのひとつが今回の本のタイトルにもつながる読解力となります。これは現代教育現場の課題であると筆者が指摘しているのは前述の通りです。
また、その他に筆者が掲示する大事なキーワードは「人間らしさ」です。
AIに出来ないことを考えるためには、AIについて考えるだけは無く、そもそも人間とはなにか、何が出来るか、何を求めるかを考えることが必要になります。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず」というのは現代でも通じる重要な格言ですね。
働き方が多様となっている現代は、変化とその対応を強いられるという反面、自由な働き方を選びやすいというメリットも与えてくれます。
個人的には新しい挑戦、価値の創造やスキル習得の場は、それぞれの価値観や背景にあわせて会社でも企業でも副業でも、もしくは最初は仕事でなくても、どこでもいいと考えます。
大事なのは筆者が指摘するように生き物らしい柔軟さで、環境の変化に適応しながら人間が求める価値にアプローチをしていく姿勢をどれだけ身に付けているか、そのための時間を持てているかであると考えます。
もし、現在の日常で閉塞感を感じており、将来的な不安がぬぐえない方は、そのような挑戦の機会を作れないか是非探していきましょう!(私もこのブログを含めて模索中です!)