「感情とは何か?」を考えてみる:読書日記

こんばんは!梅雨のような天気が悪い日が続く今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は感情について静かに室内で考える時間を作ってみました。今回取り扱う本はディラン・エヴァンズ氏「感情」(翻訳・解説:遠藤利彦氏、岩波書店)です。

以前取り上げた「パフォーマンスがわかる12の理論」から、特に気になった感情について深堀をしたいと思い本書を手に取りました。

日常生活で常に共にあるのが感情であり、日々の充実感も感情により大きく左右されます。人生の質を決める大きな要素といってもいい感情ですが、灯台下暗し、感情とは何かについてあまり考えてきませんでした。

油絵という観点でも、人の心を動かす絵を描くためには、人の感情を知ろうとすることは悪いことではないでしょう。


まだまだ基礎の勉強が必要で、その段階には遠く及ばないのですが笑

それでは早速、我々の生活に寄り添う感情について見ていきましょう!

今回の本:ディラン・エヴァンズ氏の「感情」(翻訳・解説:遠藤利彦氏、岩波書店)

本の背景情報

感情心理学ロボット工学を研究するディラン・エヴァンズ氏による1冊で、感情に関する幅広い研究結果を紹介しながら、多彩な切り口で感情を描く一冊です。

筆者の著書にある、自給自足のコミュニティを自ら立ち上げ、終末世界後を想定した社会でのロールプレイ実験を描く「The Utopia Experiment」も内容が関心を呼びます。


和訳されていないのが残念・・・!

さて、肝心の本書は感情に強く訴えるような真っ赤なカバーが特徴的ですね。岩波書店の「1冊で分かるシリーズ」の1冊です。

本書の構成と概要

本書は下記のように構成されます。

  • まえがき
  • 1:普遍言語
  • 2:なぜスポックは進化できそうにないのか?
  • 3:幸福への近道
  • 4:頭と心
  • 5:泣いたコンピューター
  • あとがき

第1章は普遍言語という題名で、感情の分類を通して感情とは何かを考えていきます。キーポイントは普遍言語というタイトルの通り、文化や言語により名前は違っても、感情は世界共通であるという点です。この辺りは後程より詳しく整理したいと思います。

第2章は日常生活や進化の過程における感情の有用性を主張する章となります。「スポック」はスタートレックというSFシリーズに登場する宇宙人とのハーフのキャラクターで、感情を持たない論理のみの存在の例示として紹介されます。


ネガティブな印象が強い感情ですが、有用性の方が大きいというのはこの前の記事でも触れた内容となります。

第3章は幸福への近道という題名で、感情への影響、特に幸福な気分をもたらす影響をもたらす要素(情動的技法)を紹介する章となります。まとめで筆者が触れた、情動的技法の組み合わせによる可能性は表現方法を検討する際に視野を広げる上で大事なアイディアであると印象に残りました。

第4章は頭(理性)と心(感情)の関係性に着目し、感情が集中・記憶・意志決定・判断という認知活動にどのように影響を与えるかを紹介する章です。様々な実験や効果が紹介されるのでとても興味深い章でした。

第5章はロボット工学という筆者のバックグラウンドより、ロボットという観点から感情に切り込んでいきます。ロボットが感情を持ち得るかという人工知能的なテーマでありますが、下記3つの定義から感情について人間とロボットを比較することで、感情とは何かを考えるきっかけともなる章です。

  • 定義1:神経生物学的な基礎:大脳辺縁系のプロセス
  • 定義2:行動の観点:情動的な振舞いにフォーカス
  • 定義3:機能的な基準:突然の環境変化に対する迅速な反応において、それまでの活動を中断するべく働く一連の心的プロセス

本書の注意事項:本当に1冊でわかるの?

1点注意点をあげるとすると、「1冊でわかるシリーズ」に組み込まれた関係上、タイトルがすこし誇大に感じる点です。そもそも感情自体が現時点でも謎が多い研究課題です。それを1冊で分かるというのは不可能です。

そのため、この一冊に過度な期待を持ちすぎると、肩透かしを食らうかもしれません。そのため一冊で感情に関する知識をマスターしようと考える方は注意が必要です。

一方で、感情に関する基本的な概念・定義を知りたい方感情に関してこれまでどんな研究がされているかをいろんな視点で知りたいという方にはオススメです。

原題は「Emotion-A very short introduction」となり、「感情についての非常に簡易な紹介」となり、こちらであれば内容にしっくりしたタイトルと感じました。

本書で学んだ点

最も印象に残った点:表情は異文化間のコミュニケーションをつなぐ普遍言語

表情は世界の普遍言語

本書で最も印象に残った点は感情の種類です。本書では第一章「普遍言語」で、感情は世界中の人に共通する体験であり、生まれながらに持つ生得的なメカニズムであることを主張します。異なる文化や言語を持つ相手の表情も初対面で読み取れるのもそのおかげです。


例えばジャングルの奥に住み民族のドキュメンタリーでも、住民がどんな感情であるかは表情からある程度読み取れます。

感情の共有により、人間はコミュニケーションを円滑化させたり、協力関係を形成したりすることでコミュニティを強化して生存競争を生き残ってきました。

この普遍言語という観点でも、感情生存競争により自然選択された人間にとって大事なメカニズムといえるでしょう。

基本的情動

その中でも特に人間が生まれながらに共通して持つ感情基本的情動と呼ばれます。主に下記が挙げられます。

  • 喜び(Joy)
  • 悲痛(Distress)
  • 怒り(Anger)
  • 恐れ(fear)
  • 驚き(surprise)
  • 嫌悪(disgust)

これらの基本的情動は文化の壁を超えて人類を結び付けるもので、生まれつき人間に備わっている特質と考えられています。いずれもシンプルで瞬時に巻き起こり、対応する表情のイメージも湧きやすい感情となります。

文化特異的な情動

一方で人間は先天的な要素後天的な要素で形成されます。そのため生まれた環境や文化への依存度が高い感情も存在し、筆者は文化の影響が大きい感情を文化特異的な情動と捉えます。

この情動は他の文化では理解が難しいですが、その文化では共通認識が形成されています。そのため、他者に感情が伝わり行動を変化させるため、そのコミュニティ内での生存を有利にする効果があります。

本書ではニューギニアの部族に固有な「野生豚のような状態」という感情を例示します。子持ちの生活能力の低い男性が示す暴走的な感情であり、その感情を示した家族を周囲はサポートしようとするため生存へのポジティブな効果をもたらします。

解説の遠藤氏はこの感情を日本でいう「キレる」と似た感情であると分析し、文化特異的な情動という分類が実態に即しているかについて議論の余地があると指摘します。また、感情は生命に組み込まれたプログラムであり、どの感情にも基本的情動の要素が含まれることを掲示すると同時に下記の通り主張します。

今度は情動をまさに日常的に経験する当事者として、いわば”内側”からそこで生じていることを理解しようとすれば、文化固有の言語や概念から解放されてそれを行うことはほとんど不可能であり、結果的にそこで報告される意識的で主観的な情動経験には広汎な文化差が認められることになるのだろう。

感情:遠藤 利彦氏 解説 p182

結果として、どの感情にも基本的情動文化特異的な情動という要素が含まれるため、感情を完全に分類することは難しいという点に注意が必要です。

高次認知的情動

もう一つ紹介される分類は高次認知的情動で、生得性という観点で基本情動と文化特異的な情動の間に位置する感情となります。人間で大きく進化した大脳皮質により影響され文化的な違いを示しますが、人類の進化の過程における自然選択で形成された人間共通の本性の一部となります。

本書で紹介される主な高次認知的情動は下記の通りです。

  • 愛(Love)
  • 罪悪感(Guilt)
  • 恥(Shame)
  • 照れ・決まりの悪さ(Embarassment)
  • 誇り(pride)
  • うらやみ(envy)
  • 嫉妬(jealousy)

基本情動がシンプルで即時的な感情であるのとと比べると複雑で、複数の要素により時間をかけて形成されます。文化により表現や分類の違いもありますが、似た感情がどの文化にも存在することを筆者は主張します。

シンプルな基本情動は主にその場での反応(恐れや驚きによる危険への集中や怒りによる戦闘準備)により生存に有利であるのに対し、複雑な高次認知的情動相手や周囲の目を前提として社会活動形成のために役立つという違いがあります。


昔は生存に役立った感情による一部の機能の機能が、現代では衝動的な暴力や過度の緊張・ストレスといったネガティブな影響を与える点も興味深いですね。

感情の種類のまとめ

これまでの感情の分類を簡単に図示してみました。

感情の種類をイメージ化したもの、完全な分類は出来ない点に注意が必要

筆者も解説者もこの分類は白と黒のような質的な分類とならず、全てがグレーの中での各要素の程度の違いによるものと注意喚起します。物事を捉える時にカテゴライズが情報の整理に役立ちますが、感情に関する完全な分類は無いというのが実情のようです。

この分布の活用としては、基本的情動は異なる文化の相手にも比較的伝えやすいので、共感を元に信頼関係や社会的関係性を築くためのツールとして有効であるという意識付けが可能と考えます。

一方で文化的影響を受けやすい文化特異的な情動高次認知的情動については、文化が異なる相手には伝わりにくくミスコミュニケーションを生む可能性への注意が必要でしょう。逆にこの部分まで共有することができれば、信頼関係を築くための強い推進力となるかもしれません。

少し関連しそうな論文:櫻 井 茂 男・村 上 達 也(2015) 共感性と社会的行動の関係について―― 溝川・子安論文へのコメント ―― Japanese Psychological Review 2015,Vol. 58, No. 3, 372-378

面白いと感じた点:感情がもたらす認知的プロセスへの影響

感情という両刃の剣

感情が様々な認知的プロセスに与える影響より広い視野で学ぶことができました。以前の記事でも触れた通り、感情は我々の認識や判断に正負両方の影響を与える両刃の剣となります。

太古に生存のために必要であった感情機能の一部も、現代ではバイアスによる誤認識や過度な不安を呼ぶネガティブな影響をもたらすものもあり、取り扱いには注意が必要です。

それでも感情による影響は最終的には大きな利益をもたらすことを、本書を通して筆者は主張します。大きな恩恵があるからこそ感情という生体プロセスは長い進化の過程で選択されて生き残っているのです。

認知的プロセスへの影響

それでは感情は認知的プロセスにどのような影響を与えるのでしょうか?本書で紹介される主な影響は下記となります。

  • 集中:感情は特定の対象に注意を向けさせ、脅威への対処等を促す
  • 記憶:感情が結びついた対象は覚えやすく、思い出す時の感情と合致する記憶を思い出しやすい
  • 判断:ポジティブな時は人に対し好意的になる、不安により親近感が生まれる吊り橋効果もあり

プレゼンテーションの緊張で不安が増幅し、パフォーマンスが低下するのは現代特有の感情の誤作動の一例となります。

個人的には記憶を覚える時だけでなく、思いだし再構築する時の感情も認知的プロセスに影響を与える点が興味深かったです。

明るいときは楽しいことを思いだしやすいのでより楽しい気分になりやすい一方で、暗い気持ちの時はネガティブなことを思いだしやすくなるのであれば更に落ち込みやすくなってしまいます。暗い気分の時はその感情をしっかりと受け止めた上で無理なく気分を切り替えることは重要であると感じました。

2種類の判断方法

また特に判断についての影響は大きく、頭(理性)心(感情)による2種類への判断方法とそのバランスが紹介されます。

  • 論理的な判断:時間と労力は掛かるが正確、ただ正確さにも限界がある
  • 感情に基づく判断:迅速だが粗くムラも大きい。時間・労力を節約出来る

どちらが優れているというわけではなくそれぞれ特長と欠点があり、この二種類の適切な使い分けによって、人は日常の判断を無理なく適切にこなすことができます適切な併用が鍵となるのです。

理性的に考えることは無駄と負荷が多く、全ての判断を理性に任せるといつまでも決断を出せません。その分正確性は高いので、重要な事柄については理性の比率を高く判断を下すことが推奨されます。

一方で感情による判断は現時点で機械にも再現できない方法で迅速な処理を行います。ムラが大きく正確性は低いですが、日常の些細な判断で活用することで判断の処理を効率化します。

この理性と感情の使い分け能力感情知性(EI:emotional intelligence)と呼ばれて重要なスキルとして注目を集めています。私もこれまで関連の図書を呼んだことはあったのですが実践できるレベルまで整理できていないので、再度スキルの理解と習得に挑戦してみようと思いました。

また、今回は省略しましたが集団心理による感情の働きサブリミナル効果による情動への説得というテーマもとても面白かったです。

行動に移すには?:感情知性を身に付ける

感情は認知的プロセスへ正負両方の影響を与える両刃の剣ですが、その影響は長期的に見れば圧倒的にプラスが大きいことがこれまでの研究で示唆されています。そしてその感情の力を適切に使う力として注目されているのが感情知性(EI)です。


少し前から話題になっているアンガーマネジメントも、怒りという感情に特化した感情知性の一種ですね。

感情知性を鍛えることで、生きる上で欠かすことのできない認知プロセス(注意・記憶・判断)を改善出来ます。これらの認知プロセスは日々の生活の根幹を担っていることから、プロセスの改善は人生レベルの長期的なメリットをもたらすことが期待できます。

この感情の活用方法は成長する上でなんとなく身に付ける部分が大きいですが、自分に不足しているものや必要な要素を補うには理論という観点からの意識的な学習や訓練が効率的です。


研究中の分野であり、様々な理論が乱立してるため、根拠の薄い胡散臭い理論に惑わされないように注意が必要ですね。

また判断等の認知的プロセスのみでなく、感情のコミュニケーションへの活用感情知性に含まれます。前述した通り感情は異なる文化間でも共有できる普遍言語であるため、感情の共有によるコミュニケーションの円滑化が狙えます。

最後に感情の有効活用自分らしさの発揮という本ブログのテーマを実現する上でも重要と考えます。感情を無視せず、押し殺さず、感情に振り回されることもなく、感情の力を最大限に発揮することは自分の感情に素直に生きて自己実現を達成するのに重要な要素と考えられます。

おわりに

以上、ディラン・エヴァンズ氏の「感情」(翻訳・解説:遠藤利彦氏、岩波書店)に関する読書日記でした。

一周目では、特に第5章は専門的な用語も多く読むのに苦労しましたが、概要を掴めた後の二周目では、情報の整理まで非常にスムーズにでき、各トピックが簡潔に分かりやすくまとまった一冊であったという印象です。

本書を通して感情が我々の生活にもたらす影響の色んな側面を知れて大変興味深かったです。そして感情知性の整理という次の目標も生まれました。

過去に感情知性について勉強しようとしたときは、内容への納得感は得られたものの自分の行動への落とし込みが出来なくて断念していましたが、今回の読書を通して再挑戦しようという意欲が湧いてきました。自分なりに方法を整理できたら、また本ブログで公開したいと考えております。

ちなみに本書内では学術用語を考慮して、感情はすべて「情動」という言葉で翻訳されておりましたが、分かりやすさを意識して本ブログでは一部を「感情」に置き換えさせていただきました点をご了承ください。

それではまた次の記事で!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA