マスロー「完全なる人間」を図を交えて整理してみる_3

どうもです!アブラハム・H・マスロー氏「完全なる人間-魂のめざすもの」をテーマとして、読書日記をまとめています。

前回は20世紀中期に誕生した新しい心理学である健全の心理学(B心理学)が目指すものその立ち位置を説明した第1章を整理しました。

今回は第2章「心理学が実存主義者から学び得るもの」を整理します。初回の記事でも触れた通り、マスロー氏各心理学派閥を統合することで包括的な心理学の記述を目指しています。

その際に組み込まれる一つの要素として、哲学である実存主義について記述されます。

実存主義とは、19世紀のヨーロッパにおいて誕生した、「生きる道を自分で切り開く、今ここにあるひとりの人間の現実存在(=実存)としての自分のあり方」を求める思想です。(引用:進研ゼミ:高校生の苦手解決Q&A

実存主義を含めた哲学は生き方を考える上でも重要な学問ではありますが、観察によるデータ収集と分析に基づく科学的手法とは縁が遠い印象もあります。

マスロー氏は、この実存主義をどのように扱い、どのように自身の心理学に組み込もうとしているのかを見ていきましょう!

実存主義と心理学

実存主義は心理学者に何を提供するか

筆者は第二章冒頭で、実存主義は科学的なデータの不足により新説を提唱するものではないと断るものの、心理学の発展に有益な点もあると評価します。

われわれが、実存主義を、「心理学者のためにはなにがあるのか」といった観点から調べてみると科学的見地からは非常に曖昧で、理解の容易でない(確証できない、あるいは不確実である)ことがよくわかるのである。しかしまた、有益な点も多く認められる。

アブラハム・H・マスロー「完全なる人間」p11

筆者は下記2点を心理学にとっての実存主義における重要なポイントとして取り上げます。

  • 人間性に関する科学・哲学には、同一性の考え方・経験が必須であるという考え
  • 主張や論理が経験的知識、個人的主体的経験を基により組み立てられること

同一性の定義については第7章で詳細に議論されるのでここでは一部の要素の抽出にとどめますが、同一性とは素晴らしい体験(至高体験)を得て本人の能力・個性が最大限発揮され、真の自己からの偽りがなく、自己を超越して無我となることで周りの世界と一体化することを指します。


本当の自分との一体化、自己を超えた周囲との一体化という側面から「同一性」という言葉が当てはめられているのだと考察しています。

筆者はこの同一性の究明は、アメリカの心理学者が追い求めるものと一致しており、実存主義と心理主義の方針に共通点があることを示します。方針に共通点があるからこそ、実存主義で得られた知見や洞察を心理学に活かせる可能性が見出せます。

また、実存主義では実際の事象・体験が重視されます。現実に即して理論が構築されるため、机上の空論に陥る危険性が低いと言えるでしょう。

そのため、検証数の不足という課題はありますが、実存主義の主張には心理学を含めた科学の検証方法と共存できるポイントがあると考えられます。

姿勢の共通点という心理学と実存主義の共存の可能性を示唆した後、筆者は複数のテーマに触れながらどのように実存主義の考えが活用されえるのか具体例を示します。


統合的な心理学の記述を目指すという本書の方針に則り、実存主義に留まらず、様々な心理学派を比較しながら言及します。

外的価値の崩壊

異なる領域・学派の統合の第一歩として、20世紀中盤のヨーロッパの哲学者アメリカの心理学者「外的価値の崩壊」に関して、同様の結論に達していることを指摘します。

外的な価値の崩壊とは、ヨーロッパにおいてはニーチェによる神の死マルクスの死アメリカにおいては政治的民主主義と経済的繁栄の限界が例示され、絶対的とされていたものも含め社会で信頼されていた価値の存在が揺らいだことを指します。

その結果、これまで外部に向けていた信仰や価値観への依存を放棄せざるを得なくなり、価値を位置づけるのは自身を置いて他ならないという結論が生まれます。

外的価値の崩壊という同じ結論に達するため、心理学は実存主義のアプローチ方法を参照できると筆者は主張します。

心理学者にとって極めて大切なことは、実存主義者が、心理学にいま欠けている基礎哲学を与えてくれることである。論理実証主義は役立たない。

アブラハム・H・マスロー「完全なる人間」p13

具体的に実存主義のどの点を参照するのか基礎哲学が何を指すのかによるため読み取るのが難しいのですが、筆者が指摘する論理実証主義の問題点が読み解く鍵になりそうです。

論理実証主義の問題点

論理実証主義とは、科学的な正しさを証明するために考案された手法の1つであり、観察・経験できる事実に基づいた証明手法を指します。

ここで問題点としては、ある仮説を実証するためには全てのデータの観察が必要となるのですが、すべてのデータの検証は現実的に不可能であるという点です。

例えば、「カラスは黒い」という仮説を実証しようとすると「すべてのカラスが黒いこと」を観察しなければいけないのですが、全てのカラスの観察は不可能であり、今後黒くないカラスが現れる可能性も考慮するといつまでたっても仮説の実証が出来ないという事態に陥ります。

その結果、科学的に検証できるものは現実的になくなり、科学の対象が無くなるという問題が発生します。

実証主義の問題点を克服するために提案されたのは反証主義で、反証主義は仮説(カラスは黒い)の反証(黒くないカラスがいることの証明)を目指し、反証が出来ないことにより仮説が間違っていないことを示す手法です。

参考:Liberal Arts and Academic Disciplines 教養と学問 第27章 実証主義と反証主義

実存主義が与えるもの

筆者の記述と上記論理実証主義の問題点を考慮すると、基礎哲学とは、仮説とその立証のためのアプローチに関する十分で批判的な検討・議論を指していると推測します。

観測された事例を単純に積み上げて検証するだけの無批判的な姿勢を脱し、自分が向かおうとする先が正しいのかそれを検証するための適切な方法は何なのかを考えることが、行き当たりばったりの迷走を回避する上で必要となります。

その上で、実存主義における哲学的な姿勢を組み込むことが有用であると筆者が考えていると読み取りました。

人間の二重構造

ヨーロッパ実存主義が重要視しているテーマとして、人間の要求(理想)と限界(現実)のギャップによる苦しみがあります。

このテーマは心理学も関心を示すものであり、理想と現実のギャップが人間に与える心理的な影響への関心心理学の変革をもたらしたことを筆者は主張します。

テーマのみでなく、そのアプローチ方法にも筆者は着目します。人は現在実際に存在する姿を示す現実的存在と将来なり得る可能的存在に分けられます。

このギャップを埋めるためのアプローチとして多くの哲学や宗教では、人間を「高次」「低次」という二重構造に分類し、「低次」を放棄し克服することが、「高次」の存在を目指す唯一の手段であると教えています。「低次」は悪しき否定すべき存在として扱われます。

一方で、実存主義では、「低次」・「高次」の両者が共に人間の特徴であると捉えいずれも否定せず、両者の統合を目指すアプローチを取ります。


低次と高次の共存という点でマスロー氏の欲求階層説との共通点も見られますね。

この実存主義のアプローチは、「低次」や人間の現実的存在を否定しないため、現在の等身大の状況に着目することが可能となります。

そのため、個人が持つ現実的に実現できる可能性を発掘し、個々を高める方法を検討することが可能となります。

描き出した理想や理論を基に画一的に議論を進めるため個性の無視や非現実的なアプローチになりがちなその他のアプローチと比較し、実際の個人への着目は大きく異なるポイントになります。

実存主義のアプローチは、現在の状況を基にした現実的で地に足のついた方法となるため、治療や教育への応用も検討できることを筆者は主張します。

ある意味で現存の、つまり現在知ることのできる現実の人間のもつ可能性に注意が払われるのである。(中略)これこそ、「治療や教育や子どもを養育する目標はなんだろうか」という古くからの未解決の問題に解答を与える奇抜な方式であることに、留意してほしいでのである。

アブラハム・H・マスロー「完全なる人間」p14

人間らしさ

また、筆者はヨーロッパの研究者が力を入れる「哲学的人間」という概念に着目し、アメリカの心理学者もこの考えを取り入れるべきであると指摘します。

哲学的人間は、人間とは何か他の生物やロボットとの差は何かを考え、人間の核となる本質的な特徴の発見を目指す上での議論の中心となる存在を指します。

当時台頭していた心理学として行動主義が挙げられますが、行動主義では人間を刺激に対して反応する装置と捉えられるため、人間性への議論が不足していると筆者は指摘します。

さらに、行動主義に加えフロイト派の心理学においても、意志や責任、選択、動機、理想の自分を目指した自己形成という人間を人間らしくする要素への考察が不足していることを筆者は主張します。

実存主義は哲学の中でも、自分が目指す理想の姿を自分で決めて自主的に目指す姿勢重要視しており、その知見や概念には、心理学者が学び得るポイントがあると筆者は指摘します。

個人の独自性の研究

また、筆者は実存主義個人が単独の存在であることを強調している点に着目します。個人への着目は下記4つのアプローチにより当時の心理学が陥りがちであった問題を補強する役割が期待されます。

  • 個人に着目することで各自の心理的過程の深堀が可能となり、決断、責任、自己想像、自律性、同一性などの人間の本質に繋がると考えられる要素を探求する上での有益な示唆が得られる
  • 個に着目することで、他者やコミュニティとの関係、コミュニケーションという、興味深いテーマを議題に加えることができる
  • 個を見ることで生命の悲劇感といえるレベルで、生をより深堀できる。悲劇は心理学でも重要な要素と考えられているため、実際の心理学上の治療へも参考にできる洞察を得られる
  • 観念や抽象に先立ち、実際の経験を重視すべきとして、当時の西欧世界の思想へ必要な批判を与える

時間性の問題

最後に筆者は時間性という概念から実存主義がもたらす恩恵をまとめます。


ハイデッガーの著書の「存在と時間」が実存主義者の著書として有名なことから、実存主義は時間という概念も重要視している印象がありますね。

筆者は特に実存主義者の未来時間軸へのとらえ方に着目します。

有名な実存主義者の一人であるサルトルは、人間は自分の置かれた環境による制約を受けながらも自由な存在であるため、自分の可能性の範囲で自分の道を選択をする義務があり、自身で選んだ選択に責任を持つ必要があると考えます。

未来は本質的に決まっているものではなく、未確定であるからこそ不安未来の自分を選択する責任が生まれるとサルトルは主張します。

筆者は当時の心理学の問題点として、患者の不安を表面的に取り除くため、過去と未来が同質なものとして信じさせて患者をごまかす傾向がある点を指摘します。

このアプローチでは、表面的な不安はごまかせるかもしれませんが根本的な解決ではないため、同様の症状の再燃別の形での不調の発現が懸念されます。

筆者は、未来が不確定であるという不安を受け入れ現在の自分の習慣や行動に囚われず柔軟かつ創造的に自分の未来を責任を持って作りあげるというアプローチが心理学にも必要であると主張します。

わたしくの考えるのに、いやしくも心理学の理論で、人間は自己のうちに未来をもち、この現在の瞬間においても力動的にはたらいているという考え方を中心に織り込まないようなものは、決して完全なものではないといってよい。

アブラハム・H・マスロー「完全なる人間」p20

以上で、第二章の整理が完了しました。実存主義の知識も必要なので、中々読み応えのある章でした・・・。

ここまでが議論を始める上での前提条件重要な考え方の整理でした。

日常生活でテーマをどのように考え進めるかという過程に着目する機会は少なかったので、自身の考える過程での問題点も見つかり収穫もありました。

次回からいよいよ本題として成長と動機の章に突入します!

それではまた次の記事で!

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