どうもです。すっかり気温も上昇し、夏本番の様相となりました。湿度もまだ高い中での激しい気温の変化、体調管理にもしっかり気を付けていきたいですね。
さて、今回は植原亮氏の「遅考術」(ダイヤモンド社)を取り扱い、物事を「遅く考える」コツを整理していきたいと思います。
物事を考えるスピードは速い方が好ましいと感じます。変化が激しく情報に溢れた現代社会において、考えるスピードは重要な要素となり、効率化や即断即決のコツを扱う書籍もよく見かけます。
そんな風潮に逆向したような「遅く考える」ことをテーマに扱うのが本書です。
速い思考も重要なのですが、適切な状況整理・判断のためにはじっくり考える、つまり「遅く考える」ことも必要であることを筆者は主張します。
忙しい毎日でじっくりゆっくり物事を考える時間を取ることは難しくなっていると感じます。そのため、この「遅く考える」脳力を鍛えるには、意識的に「遅く考える」時間を設けてトレーニングしながら習慣化する必要があります。
本書は「遅く考える」ことが重要な理由と、じっくり考え抜くコツを10͡のレッスンに分けて、丁寧に解説する一冊となります。
最近じっくり考える時間を設けられていないと感じた方、悩み事やモヤモヤに悩まされている方、考える力を鍛えたいと感じている方にオススメの一冊となります。
それでは早速本題に入りましょう!
本書について
筆者について
筆者の植原亮氏は関西大学情報学部の教授です。専攻は科学哲学である一方、理論的な考察のみでなく教育実践や著述活動すにも積極的であり、「思考力改善ドリル: 批判的思考から科学的思考へ」や「自然科学入門」をはじめとして多くの著書を出しています。
教育実践に取り組んでいるためか、本書の構成は非常に丁寧でわかりやすく、専門知識が無い方や統計や数学が苦手な方でも手に取りやすい一冊となっていると感じます。
本書の構成
- はじめに:なぜ、頭がいい人は「遅く考える」のか?
- レッスン1:「遅く考える」とは?
- レッスン2:思考には2つのモードがある
- レッスン3:早とちりのメカニズムをつかむ
- レッスン4:ゆっくり「言葉」を考える
- レッスン5:因果関係がわかれば、思考の質はもっと高まる
- レッスン6:まぎらわしい因果関係に対処する
- レッスン7:新たな解決策を考える
- レッスン8:本当の原因を突き止める
- レッスン9:思考の精度がグッと高まる、3つの考え方
- レッスン10:怪しい話に惑わされないために-総合演習
- おわりに そして、本当の最終問題
本書の特徴
本書は先生(筆者)と二人の登場人物との掛け合いによる会話形式となっています。
そのため筆者の一方的な語り口調ではなく、読者が引っ掛かりそうな随所に解説が入ります。
また、下記項目が各レッスンに配置されており、どのように本書を活用すればいいかが丁寧に紹介されています。
- 問:遅考術を体感するための問題
- 答え:上記問への解答
- 遅考術:遅考する力を養うのに特に重要なポイントをまとめたもの
- POINT:遅考するうえで知っておきたい、基本的な知識
- STEP UP:POINTよりも専門的で、難易度の高いトピック
このような丁寧な構成により、ポイントを押さえメリハリを付けながら遅考術について学べます。
実際にじっくり考えるための問が設定してあるので、本書を読むだけで遅考術のトレーニングに繋がります。
「読むだけで満足して、実になっていない」といった事態の回避にもなると感じました。
遅考術とそのメリット
2つの思考モード
まず遅く考えるとは何なのか、そしてそのメリットは何なのかを整理していきます。
私たちは物事を考える時に2つのプロセスを使い分けているといわれています。
素早く自動に、そして無意識で働く直観によるオートモードと、意識的に努力しないと働いてくれない熟慮によるマニュアルモードです
筆者はこの2つのモードの特徴を下記の通り整理します。
この2つのモードは進化としても普段の生活の上でも共に重要な機能です。
この世界は昔から情報に溢れています。その中ですべての情報を丁寧に熟慮して処理していたのでは、脳はキャパオーバーを起こしてしまいますし、猛獣や事故などの脅威に合った時に瞬時に必要な行動を取れません。
無意識で情報を処理してくれるオートモードのおかげで、エネルギーや時間を浪費することなく日々の生活を過ごせるのです。
ただ、このオートモードは処理が完璧であるというわけではなく、無意識に処理されるためそのエラーを見過ごしがちであるという特徴があります。
そこで必要となるのが後者の意識的に働かせるマニュアルモードとなり、本書のメインテーマとなります。
このマニュアルモードは複雑な状況への対処や情報の整理を可能とすることで、リスクマネジメントや創造による新しい文明の発展をもたらし、人間の進化に貢献してきました。
ただ、こちらのマニュアルモードは意識的に使わなければ働かないため、能力を上げるには普段から鍛えたり習慣化することが必要となり、本書がその助けとなります。
マニュアルモード、遅考術を鍛えるメリット
筆者は本書p3の「遅考術の「2つの役割」」において、遅考術を鍛えるメリットを下記のように紹介します。
- 思考の間違いを回避する;思考にエラーが発生しやすい状況や場面を知り、それを注意できる
- よりより思考を生み出す:思考をうまく先へ進め、適切なアイデアや妥当な仮説を導き出す
本書で人の思考やエラーのパターンを知ることにより、意識的に遅考すべき場面を把握できるのでリスク回避能力の向上が期待できます。
また、難しい問題の解決や新しいアイディアが必要な場面でも活用できる思考ツールとなり、解決法の検討能力の改善方法や思いついた仮説を適切に検証するステップの基本も本書で学べます。
いずれも日常生活や活動の質を高める上で役に立つ実践的なスキルといえ、既に考え抜くことを意識して取り組んでいる人にとっても注意点や手順を見直し整理する上で有用な一冊となります。
遅考術とは
遅考術の定義
筆者は下記のように遅考術を定義します。
(前略)遅く考えること-意識的にゆっくり考えること-を「遅考」と呼び、それを使いこなす方法、「遅考術」を紹介していく。
植原 亮氏 「遅考術」p1
ある意味言葉の意味通りですが、この「意識的に」という点がポイントと感じました。
意識的にゆっくり考えるといわれても、実際にどう取り組むかをイメージするのは難しいのではないでしょうか?
思考はオートモードのほうが負荷が少なく楽であるため、手順や注意点が整理できていないと知らず知らずのうちに無意識な思考に任せきりとなってしまうでしょう。
そうなると熟考は中途半端となり、「遅考」の恩恵も十分に得られなくなります。
本書はこの手順やその上で注意するべきポイントを10個のレッスンで紹介してくれるため、自身が陥りやすいポイントや整理が必要なステップを特定でき、思考方法の改善に繋がります。
遅考術の基本的な3ステップ
そして筆者は本書p18でこの遅考術の基本的な手順として下記3ステップを紹介します。
- 思いついた考えや言われたことを、まずはいったん否定する。「Aではないのではないか」と自問する
- 条件を何度も確認する。見落としがあったり、別の仮説を思いついたりする可能性がある
- もっともだと思える仮説にたどり着くまで、あれこれ粘り強く考える。想像力を働かせる。文献を参照する、他の人と相談するも、有効だ
このステップを明文化して把握しておくことで、意識的に考えるためのスイッチ切り替えの習慣づけや自身の思考パターンで不足している点の見直しに繋がるでしょう。
まずじっくり考えるきっかけとなるのは、「否定すること」です。無意識で直観のオートモードでは情報をそのまま受け入れてしまいがちであり、情報が正しいかの精査がされにくくなります。
ここで意識的に「本当にそうなのか?」という思考を挟むことは、熟考のマニュアルモードに切り替えるトリガーとでき、情報を正しく整理することによるリスクマネジメント力向上にも繋がります。
遅行術を進める上でのコツや注意点
ここからは遅考術について筆者が紹介するポイントの内、特に重要度が高いと感じた点と個人的に注意が必要だなと感じたポイントを合わせて整理していきたいと思います!
正しく否定するには
まずは、遅考・熟考に切り替えるためのきっかけともなる「否定」についてです。
否定といっても全体の否定のみを意味しない点にも注意が必要です。部分的な情報を否定するケースも含まれます。すべての情報が間違っているケースよりは、正しく情報の中に一部の条件や前提部分が間違っているケースの方が厄介といえます。
正論に一部曖昧な情報や都合のいい条件を混ぜてそれっぽく見せて持論を押し通すのは詭弁家の常套手段の一つですね。
否定の切り口を考える上で個人的にお勧めなのは構成要素への分解です。状況が複雑な場合でも異なる状況・ケースのイメージをしやすくして精査をしやすくなったり、何が間違っているかをより具体的に特定しやすくなります。
また、自分に都合の悪い情報のみを否定していないかも注意が必要と思いました。自分の都合の悪い情報のみを門前払いで排除してしまうと、「多様性の科学」でも学んだ自分の都合のいい情報で自分の考えを固めて抜け出せなくなるエコーチェンバー現象状態に陥りかねません。
多様性を実際に活かすために必要なことは?-読書日記1/2自分の信じるものやこだわりなどを疑うのは、心にも負荷がかかる作業ですが、認識を修正できたときに恩恵が最も大きい部分であるので、「今自分が信じているものは何か」、「それが正しいと考える根拠は適切であるか」と定期的に振り返ることが重要となります。
また、否定を他者への攻撃や人格の否定に使わないというのも当然ですが大事な点ですね。
定義・前提・条件を疑う
次に陥りやすくて注意が必要だと私が感じたポイントは「定義・前提」を疑うです。ここは遅考術の3ステップの2番目、「条件を何度も確認する。見落としがあったり、別の仮説を思いついたりする可能性がある」と関連が強いポイントです。
議論や会話をしていて、違和感があったり、なかなか話が通じないなと感じる時は、この定義や前提が間違っているケースが多くありました。
目的がチーム内で統一されていないケースが思いつきます。改善、成長、向上、達成といったよく使われる言葉も状況や人によってニュアンスが異なります。
お互い同じ認識だと思い込み、前提条件のすり合わせや確認を怠ると、コミュニケーションエラーや不要な衝突を招く可能性が高まるので注意が必要です。
使う言葉にしても「自分の中の定義は何か、現在の場面で適切か」と自問し、「相手も同じ認識であるか」確認をするステップを挟むことでコミュニケーションの円滑化に繋がります。
違和感がある場合は気づくきっかけがあるので対処しやすいですが、相手が悪意を持ち意図的に定義や前提をずらしているときは違和感がないように話を進めてくるのでさらなる注意が必要となるでしょう。
違和感に頼らずにリスクを回避するには、定義・前提・条件を注意深く確認する習慣づけが重要となると感じました。
また、このようなパターンでよく使われるのが主語の過大な一般化です。一部の事象を発生確率や条件を無視して、すべての事象に当てはまるように主張するパターンです。
CMで見る「※個人的な感想」をあたかも全ての人にあてはまるように主張する人などが該当するでしょうか。
対処として考えるポイントを下記に整理してみました。皆様のご参考にもなれば幸いです!
- 相手の根拠に正当性はあるか
- 使用している言葉・データの定義が共通であるか
- 全体の確率を反映しているか
- データの条件に偏りやそのほかの要因が関係していないか
早とちりのメカニズム
定義や前提を疑う上で有用なのが早とちりのメカニズムを知り、人が間違えやすいポイントを整理することです。
人の思考には個人差もありますが、陥りやすい共通のパターンも存在します。その特徴を知ることで慎重に検討するべき要注意ポイントを特定できます。
この早とちりのメカニズムは自動モードの癖も関連しているので無意識に陥りやすい罠となります。そのため、この罠を回避するには意識的な熟考が必要となります。
本書で紹介される早とちりのメカニズムを下記にピックアップしてみました。
- 代表性バイアス:「頭に思い浮かびやすいものほど、その数や起こりやすさも大きく見積もってしまう」思考の傾向
例:砂糖といわれると白いイメージが浮かびやすい、バレーボール選手と言えば背が高い選手の印象が強い - 基礎比率の無視:基礎比率(もともとの比率)を無視してしまう傾向
例:コイントスで表が続いた時の次に出る表裏が出る確率 - 連言錯誤:2つの事象AとBが重なって起こること(Cとする)と、AやBという単一の事象を直接比べて、Cの方がAやBがそれぞれ単独で起こるよりも可能性が高いと誤って判断すること
例:システムエンジニアの総数より、ゲームが好きなシステムエンジニアの方が数が多いと感じてしまう - 利用可能性バイアス:記憶に呼び出すのが容易なもの(つまり利用可能性の高いもの)の方が、そうでないものに比べて実際に起こる確率が高く、発生件数が多いと捉えてしまう
例:車の事故よりニュースで大きく取り上げられる飛行機事故の方がリスクが高いと感じる、ふと時計を見たときにゾロ目である確率が高いと感じる
直観は自分の経験やイメージ、先入観を元にしているので、このような傾向を把握していないと自身で誤りに気付きにくいという特徴があります。
これらのパターンを防いで偏見や固定概念から脱却して柔軟に思考するためには、早とちりしていないか自分の思考やその根拠を否定してじっくり考える時間が必要となります。
また、本書ではこのような人の思考パターンを回避するのみでなく、うまく活用してポイ捨ての防止につなげた実例なども紹介されていています。
行動経済学を含めた心理学により人の思考パターンを勉強しておくと、行動の変容という結果までデザインするヒントになるなという面白さも改めて勉強となりました。
過去読んだ行動経済学に関する本で、最も印象に残っている一冊を紹介します。
正しい因果関係を見極める
また人が間違えを起こしやすいポイントとして因果関係が挙げられます。
因果関係を適切に把握できれば、対象を起こす原因を特定でき、状況を解決する方法を検討する道が開けます。
また表面的な原因だけでなく、最も影響力の強く元となる原因、根本的な原因を突き止めることが出来れば、問題の抜本的な解決も狙えます。
しかし厄介なのは、現実世界では色んな要因が絡み合い、一見因果関係がありそうに見えるものや、複数の要因により引き起こされる結果があふれていることです。
寧ろ、一つの原因により一つの結果という単純な因果関係で関係性を整理できるものの方が希少かもしれません。
本書のレッスン6では、そんな因果関係で誤解しやすいポイントをピックアップし、例題を交えて紹介しています。
p152で一覧化された間違えやすい因果関係のパターンを見てみましょう。※「→」は因果の向きを表し、原因→結果の順。例は本書の内容を参考に私が追記しました。
- 因果関係が逆:A→Bでなく、B→Aが正しい
例:病院に多く行く多い人ほど不健康と仮定。病院に行くと健康に悪いと推測したが、そもそも不健康な人ほど病院に行く回数が多いので不健康→通院回数増が適切な因果関係であった。 - 他の原因が存在:A→Bではなく、C→Bが正しい(CはAとは無関係)
- 共通原因によって相関関係を因果関係と混同:A→Bではなく、共通原因のCが存在して、C→A、C→Bが正しい。そのせいで、AとBの間には相関関係が生じている。
<A・Bは関連して増減するが直接の原因・結果の関係は無い>
例:オムツを買う客がビールを買う確率が高いスーパーにおいて、子育て家庭は飲酒量が多いと推測したが、実際はビールをお駄賃にお遣いを頼まれた夫の割合が高い影響であった。 - 単なる偶然:A→Bではないものの、AとBの間に相関関係はある。だが、それは全くの偶然によって生じている。
- 基礎比率の無視:A→Bは成り立っていないが、基礎比率を考えれば当然のこととして、AのあとにはBが生じるという傾向が見られる。
例:過去パンを食べた人はすべて亡くなっている。しかし、人はすべていずれ寿命が尽きるのであり、パンが死亡の原因とはならない。
これらは完全に独立しているわけでなく、②と④が重なるパターンや⑤の一部は③のタイプの相関関係だったりするパターンがあることを筆者は補足します。
因果関係に対して、色んなパターンがあることがわかりますね。ここに前述の早とちりのメカニズムが作用し、誤った因果関係を最初に思い浮かべる可能性を高めます。
問題解決を急いでいると、最初に思い付いた因果関係やアイディアを否定する余裕がなく、固執して物事を進めがちとなります。そうなるといつまでも思考の罠から抜け出せず問題解決にたどり着けません。
遅考術で自分の思考を疑い、意識的に視野を広げて情報を精査することで、本当の因果関係を特定し真の解決すべき問題にたどり着く可能性を高めることができるでしょう。
もし試行錯誤しているのに状態が好転しないときは、この紛らわしい因果関係の沼にはまってアプローチがずれている可能性があります。
他に関連する因子を見過ごしていないか、本当に原因と結果の直接的な関係性が成り立つか検証することで、新しい解決策にたどり着くきっかけをつかむことが期待できます。
終わりに
以上、植原亮氏の「遅考術」(ダイヤモンド社)に関する読書日記でした。
現代社会の情報の洪水に流されず、意識的にじっくり考え抜く時間を作り訓練・習慣化する遅考術の重要性とそのポイントを学ぶことができました。
今回はインプットした情報や自分の思考が正しいかというポイントを中心に扱ってきましたが、本書ではジレンマの対処法(1.第3の選択肢を探す、2.望ましくない結果を避ける、3.選択そのものをやめる)や根本的な問題の特定方法、自分が立てた仮説を適切に検証する方法等、他にも有益なコツが紹介されています。
情報の処理ミス回避によるリスクマネジメントと、思考の質を上げることによる創造性向上に繋げることを目指し、否定というトリガーをきっかけに考える習慣の定着を目指していこうと感じました。
今回のブログが本書への興味や皆様の参考に繋がれば幸いです。それではまた次の記事で!