前回に引き続き、高橋 祥子氏の「生命科学的思考」(株式会社ニューズピックス)の読書日記です。
生命科学的思考とは、進化論を始めとした生命の原則という広い視点を取り入れて思考することを意味します。
本書は研究者という理論的な背景と、起業家としての実社会での葛藤を乗り越えた筆者の経験から導かれる、融合的な視点が魅力的な一冊です。
本書の構成・概要、感想、オススメしたい人については前回記事をご参照ください!今回は本書から得た学びを記載します。
それでは早速本題に入っていきましょう!
目次
本書から学んだ点
最も印象に残った点:視野を広げ、場合に合わせて適切な視野を選択する
本書のメッセージは「生命の原理や原則を客観的に理解した上で、それに抗うために主観的な意志を活かして行動できる」ようになることですが、そのプロセスとして「視野を広げて適切な視野を選択出来るようになる」ことの重要性が強調されます。
視野の狭さは生き物の宿命?
広い視野が重要としながらも、生命原則により視野が狭くなりがちという生き物の特性を筆者は指摘します。
過酷な生存競争という観点では、他者から利益を奪ったり、目先の快楽に執着したりする狭い視野での本能的な行動が有利となる場面も想像できます。
生存競争に勝利した個体のみが遺伝子を残せるため、自分の利益を後回しにする特性は引き継がれにくくなります。
しかし、視野の狭い行動は、集団からの孤立や報復などのペナルティを受けることで、長期的な視点では損失の方が勝る可能性があります。
現代社会では、人類の個体の生存は古来から相対的にはるかに容易になったため、メリットよりもデメリットの側面が強くなります。
そのため、現代社会で充実した人生を過ごすためには、狭い視野に囚われがちという生命の原則を理解し、「視野を広くも狭くも自由に設定できる能力」を身に付ける必要があります。
視野を広くも狭くも自由に設定できる能力
筆者はリサ・ランドール博士の著書「宇宙の扉をノックする」から下記文章を引用し、細かい部分を見るか全体像を見るかを適切に選択する大切さを主張します。
人は何かを見るとき、聞くとき、味わうとき、嗅ぐとき、触れるとき、そのほぼすべてにおいて、細かい部分にぐっと近寄って丹念に検討するか、あるいは別の優先基準をもとに「全体像」を検討するかを決めている
リサ・ランドール博士「宇宙の扉をノックする」
注意が必要なのは、闇雲に視野が広ければいいというわけでもない点です。常に宇宙規や人類史規模で物事を考えようとすると、自分に必要なことや日常の生活がぼやけ具体的な行動が起こせなくなります。一方で、重要で複雑な問題については、視野を狭めて集中して検討する必要も出てくるでしょう。
そのため、対象に合わせた適切な適切な視野の選択が必要となります。筆者はこの視野の選択において、「空間的視野」と「時間的視野」という二つの切り口を提案します。
空間的視野
空間的視野とは現在の時間軸で見えている範囲、持っている情報の限界となります。空間的視野が限定されていると、その範囲の情報で思考が停止してしまいます。
例えば、問題の解決方法が一つしかないと思い込んでいる場合、その解決策が上手くいかない時点で問題解決をあきらめてしまいます。しかし、実際には、自分の思考の範囲外に新たな解決策が転がっていたります。
自分の力で解決できないと諦めていた課題を他の人に相談したら、思いがけない解決策が見つかることがあるのもこの空間的視野によるものです。
空間的視野を広げるためには、エネルギーが必要でも思考を止めないことが重要であると筆者は主張します。様々な角度から諦めずに検討することで、新しい打開策が見つかるかもしれません。
そして本書のように、自分と異なる視点での考え方を学ぶことも空間的視野を広げるのに有効と考えています。
時間的視野
時間的視野はどの時間軸で物事を考えられるかを指します。
目の前だけ、1日、1週間だけの短期的視点のみでなく、1年、10年、時には自分の寿命も超えた長期的な視点で物事を捉えられ考えられる能力が求められます。
筆者は生命の原則から遺伝子からタンパク質が作られる過程を時間的視野の例に出します。身体の設計図はDNAに刻まれており、その設計図を基に我々の身体を構成するタンパク質が作られます。
問題点として、我々のDNAは生まれてから基本的に変化しない不変のものとなります。そのため、不変のものを元に身体を形成しようとすると、環境変化への対応や調整が難しくなります。
その問題点を解決するのがRNAの存在です。タンパク質はDNAから直接作られるのではなく、DNAの設計図情報をコピーしたRNAがタンパク質の製造構造にたどり着くことで、タンパク質が産生されます。
このプロセスにより、DNAを細胞の核という安全な場所に保持したまま、タンパク質の産生が可能となります。
RNAの生産量は状況に応じて変化します。また、RNAはDNAと比べて不安定であるため、古いRNAは消失し、生産量による調整が容易になります。状況に合わせてRNA産生量が変化することで、どのタンパク質をどれだけ作るかの調整が可能となります。
筆者は不変のDNAを長期的に保存する必要が高く変更が出来ないもの(人生の目標や会社の理念)、環境に応じて調整されるRNA/タンパク質を柔軟に変化するべきもの(目標達成のための手段、短期的目標や会社の戦略)として対比します。
時間的視野を使い分け、変えてはいけないものと変えるべきものを整理することで、自分の目指す道や今自分が取るべき行動が明確になると筆者は主張します。
DNAからRNAを介したタンパク質合成の流れは分かりやすい解説動画があったので、興味がある方は下記をご参照ください。
面白いと感じた点:時間を考えるときに用いられる4つの変化
我々は、「二つ以上の異なる性質を持つ変化」を比較することで、初めて時間を認識できるという仮説を筆者は提唱します。その変化とは下記の4つです。
- 自然変化:自然現象による変化(地球の自転や公転’(時間の進行)、原子の運動など)
- 環境変化:周囲の社会の変化(他人の社会活動、経済、政治などの変化)
- 行動変化:個人の社会活動の変化(仕事、勉強、生活などの行動すべて)
- 生命変化:人間の生命活動の変化(誕生、成長、老化、死)
例えば、現代社会で人は時間に追われています(66.3%が「時間に追われ」ていると感じている:セイコー時間白書2022より)。
寿命が延び生命変化は緩やかになり、家電等の発達で行動変化も大きくなっているのに、なぜ時間が不足するのかという疑問が生まれます。
それは、生命変化・行動変化以上に、周囲の環境の変化を大きく感じ、相対的に自分の活動が少なく、時間も不足していると感じるためと筆者は説明します。
このように変化を比較することで、人間は時間的感覚を認識しています。そのため、時間を評価する時にどの変化を比較しているのかが、大事なポイントとなります。
筆者は、自分の価値観に基づく判断をする際は、主体的な感覚に基づく「行動変化」、自身の時間経過に基づく「生命変化」を使用することを推奨します。
例えば時間の認識に「環境変化」ばかりを使用していると、物事の評価の基準が他者となってしまいます。すると、周りとの比較に囚われ、自分にとって大事なものを忘れてしまうリスクがあります。
上記の「行動変化」と「生命変化」を中心に時間を評価することで、自分を中心に価値観を評価することが出来、人生の主導権を取り戻すことにつながります。
個人的な所感
時間について、1人で考える時や、友人と話す時に、上手く話しがかみ合わないなと感じることがあります。その原因はこの4つの基準を無意識に混同していた可能性があると気づきました。
時間の使い方は人生を充実させるために検討必須の永年的な課題です。その上で時間をどう評価するかの基準を目的に合わせ統一することが、思考を一貫させるために重要となります。
その上で、この時間を評価する際に比較される4つの尺度というのは、大変興味深い記載でした。
行動に取り入れたいポイント:情熱を後天的に獲得する
本書の中で特に行動に取り入れたいと思うポイントは情熱を後天的に獲得するアプローチです。
個人的な悩みとして、ムラッケで飽きっぽい性格のため、情熱を持って1つのことに取り組む経験が無いことがあります。
時間を忘れて取り組めるものを手に入れることが、このブログのテーマの一つにあるアウトプット系の趣味への挑戦の目的で、取り組む前と比較して自分の成果の増大と集中時間の増加により充実感を得ています。
しかし、その活動量や集中力にもムラッケがあり、まだまだ活動の動機となる情熱が不足していると感じています。その中で、筆者の後天的に情熱を獲得できるという主張に勇気付けられました。
筆者は情熱を生む出すポイントとして、「未来差分」×「行動の初速」のかけ算であると数式化します。それでは、「未来差分」と「行動の初速」とは何を指し、どのように情熱に繋がるのでしょうか?
未来差分
未来差分とは、「行動を起こした結果想定される良い未来と、現状のまま行動を起こさなかったときの未来との間の差分の大きさ」、つまり行動を起こした時と起こさなかった時の未来の違いを指します。
自分の行動で大きな良い変化を期待できるなら、それだけやる意味ややりがいを得ることが出来るでしょう。未来差分を考えることで、行動へのモチベーション、情熱を得られるようになります。
しかしこの未来差分のみでは、情熱は生まれません。理想論を語る快楽を理解していますが、それだけでは行動も変化も生まれず、何も現実は変わりません。
未来差分のみでは、地に足のつかない空想論を振りかざすのみの空虚さをもたらす危険性があります。
また、未来差分の難しいところは、必ずしも自然に手に入るものではないことです。関心が持てるテーマが見つからない、見つかってもどんな行動をすればいいか分からない場合も考えられます。
ここで重要なカギとなるのが、行動の初速となります。行動による経験で、初めて分かる情報も少なくありません。
例えば、実際の活動により、自分の中の価値観(やりたいこと)やスキル(できること)が分かり、自分が取り組むべき課題を検討できるようになります。また、行動の中の試行錯誤により、どのように取り組めばいいかの方向性も見えてきます。
さらに、活動の中での経験で理想と現実のギャップが分かり、新たな問題の発見や課題の明確化に繋がり、未来差分のアップデートが可能となります。
時には未来差分の設定前に、まずは行動が必要な場合が多いことを筆者は主張します。
行動の初速
行動の初速とは、実際の行動量を示します。
行動により、初めて変化を生み出せ、その過程で得られる新たな情報や視点により新たな気づきを得て、未来差分の材料や次の行動へのモチベーションを得ることが出来ます。
ただの行動量ではなく、「初速」となっていることから、上記の行動の初速による効果を得るためには、一定の行動量が求められることが示唆されます。
中途半端な活動では、集中力が下がり、得られる経験や情報も限られます。また、行動量も少ないため、成果も出ず、継続のためのモチベーションに繋がりません。
期間を決めて、覚悟を持って取り組むことで、行動量を確保する重要性を筆者は主張します。
未来差分で行動の重要性が強調されましたが、行動のみをしていればいいというわけでもありません。目の前の業務をこなしていくだけでは、面白みもなくいつか飽きて行動力が燃え尽きてしまうでしょう。
この時に情熱の源となるのが、未来差分となります。未来差分は行動の意義や充実度をもたらしてくれるため、活動の重要度を際立させ行動の動機、そして次の行動の初速を生みだします。
つまり、未来差分と行動の初速は両者を強化し合う、好循環を生み出す関係があります。
かけ算という表現はどちらかがゼロでは情熱は生まれず、この両者の両立の重要性を示します。
また、この筆者の主張を読み、長期的な視点(未来差分)と短期的な視点(行動の初速)の両方の視点を持つ重要性もより感じました。
個人的所感
個人的に人生の幸せは日々の充実感という短期的な視点と、最終的な目標を立てることによる人生の有意義化という長期的な視点の要素があり、その両立が重要と考えています。
しかし、わたしの中でその両者の関係性をうまく言語化できていませんでした。そのため、筆者の「情熱(モチベーション)=未来差分(長期的な視点)×行動の(短期的な視点)」という理論は衝撃が強かったです。
まずは期間を決めて覚悟を持って未来差分への行動をやり切る。その中で得た経験を元に未来差分を再検討し、そこから生まれた情熱を次なる行動の初速に活かすという好循環を目指していきたいと強く感じました。
何でもいいから自分の行動量を上げてみる、もしくは自分が取り組むべき長期的な課題は何なのかを振り返ることで、活動の源となる情熱を取り戻せる可能性があります。
燃え尽き気味など、モチベーションの管理が上手くいかない時の対処の切り口を整理出来たのは大きな収穫だと感じています。
主観を活かす重要性
また、この情熱を生み出す上では、第2章のサブタイトルにもある通り「主観を活かす」ことが重要と筆者は主張し、この主観の磨き方も本書では紹介されます。
偏見や固定概念を回避するため、客観性が重要視されることが多いですが、筆者はその先を見ています。生命の原則という客観的な事実を理解した上で主観を磨き活用することの重要性も、本書を読んで得られた学びでした。
客観的な情報のみでは個性は生まれず、本能に従うだけの遺伝子を運ぶための機械からの脱却は困難となります。
以上、高橋 祥子氏の「生命科学的思考」(株式会社ニューズピックス)の読書日記でした。
主観を鍛えることで、自分にとって重要な時間を割くべき課題を見つけやすくなるという点は、これまで取り上げた時間の使い方(参考:時間術大全 人生が本当に変わる「87の時間ワザ」)を考えたり、コア・パーソナルプロジェクト(参考:Quiet-内向型人間の時代)を見つけたり上で参考になります。
また、視点の切り替えの有効性というのは、今後の物事の考え方に汎用的に役に立つポイントとなり、本書で紹介された空間的・時間的という切り口で、視点の切り替えを意識的に練習する必要があると学べました。
人生やビジネスをこれまでと違う視点で考えるきっかけが欲しいと考える方にオススメの一冊です!
それではまた次の記事で!