どうもです!前回より「RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる」(デイビッド・エプスタイン著、解説:中室牧子氏 翻訳:東方雅美氏、日経BP)を整理しています。
前回は学習という観点で「幅を広げる」重要性やその方法を学んできました。今回はキャリアという観点で学んでいきましょう。早速本題に入ります!
キャリアに幅を持たせる:マッチ・クオリティーとは
偉大な偉人と聞くと、最初からその道を見つけ専念してきた神童・天才のイメージが湧きます。偉大な功績を立てるには莫大な時間とエネルギーが必要なので、早くから始めることが非常に重要と感じます、
しかし実際の偉人たちを見てみると、そのような人ばかりではないことがわかります。
筆者は30代でキャリアを本格的にスタートした偉人の例として、画家のファン・ゴッホとポール・ゴーギャン、そして、ハリーポッターの著者であるJ・K・ローリングを紹介します。
筆者は彼らは遅咲きで成功した例外ではないと補足すると共に、スタートの遅さがその後の成功に結び付いていることを指摘します。
そして、筆者はマッチ・クオリティーという考えに着目します。
「マッチ・クオリティー」は経済学の用語で、ある仕事をする人とその仕事がどのくらい合っているか、つまり、その人の能力や性質と仕事との相性を表す言葉だ。
デイビッド・エプスタイン RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる p179-180
この相性、マッチ・クオリティーを上げるには二つの道があります。一つは選んだ仕事に自分を適応させるという方法。もう一つは自分の能力や性質に合った仕事を選択するという方法です。
筆者は現代社会における人生選択の問題点として、マッチ・クオリティーがわからないまま自分の専門を決める構造となっている点を指摘します。
イメージしやすい専門を決める分岐としては大学入学時の学部・学科選択や、その前段階として文理の選択があげられます。
しかし、この段階ではその選択がどんな仕事に繋がり、どんな行動・活動を実際にするのかを、ほとんどの人はわからない状態で選択しているのが実情でしょう。
実際、私も学生時代は、今の自分の仕事の内容はおろか、存在すら知りませんでした。
多くの人は学校と家庭という閉じた世界で経験した限られた情報を元に自分の道を決めます。そんな状況では、自分の性質や能力にあう領域・職業が何なのかも分からないままの選択となるでしょう。
運良くマッチ・クオリティーの高い選択を出来ればよいのですが、相性の悪い選択をしてしまった場合は、その道に合わせて自分を変えることを強いられるのが現状です。
転職も一般的になり状況に変化はありますが、専門分野の変更となるとハードルは高いでしょう。
筆者はこのマッチ・クオリティーという観点から、自分の性質や能力について学ぶ時間が限られている現状に警鐘を鳴らし、自分の性質や能力に合う道を探すことの重要性を強調します。
実際にマッチ・クオリティーを上げようと費やす時間やエネルギーは決して無駄にならないことを示す論文(「マッチ・クオリティーの向上による効果は、スキル取得の恐れによるマイナス分を上回る 」)も本書では紹介され、マッチ・クオリティーを上げる重要性を確認できます。
それでは、このマッチ・クオリティーを上げるためにはどのような取り組みが有効なのでしょうか?すでに職業に就いている人でも取り組めるアプローチはあるのでしょうか?
本書で学んだ点を整理していきます!
マッチ・クオリティーを上げるために必要なこと
マッチ・クオリティーを上げるようとする人の特徴
本書ではマッチ・クオリティーの向上を目指す人の特徴が色々上げられるので下記のように整理します。
- モチベーションを自覚している
- 好きだとわかったことがある
- 学びたいこと、学びたい機会がある
- 長期計画ではなく短期計画を実践(人間も環境も変化する)
- 計画して実行するのではなく、「試して学ぶ」
変化を驚異ではなくポジティブに捉えており、目的に向けて柔軟に行動を積み上げて行く姿がイメージできます。
特に現代は環境や職業自体も変化するので、短期計画で試しながら少しずつ調整を繰り返す方が合理的です。
短期計画には達成・振り返りのしやすさという利点もあります。
また、これらの特徴と本書の内容より、マッチ・クオリティーを上げるための有効なアプローチは下記の2つに整理できると考えました。
- 計画に柔軟性を持つこと
- 短期的な挑戦を繰り返し、自分の得意なこと、好きなことを探すこと
計画に柔軟性を持つこと
まず最初のアプローチは計画に柔軟性を持つことです。
これは試してみた結果に応じて目標や行動を修正したり、時には計画を中断・中止したり、突然の機会に恐れず挑戦してみたりがあげられます。
行き当たりばったりや無駄な努力を回避するために計画は重要ですが、その計画に固執しすぎることに注意が必要である点を筆者は指摘します。特に経験が少ない時に立てた目標は注意が必要です。
人の性格は、時間や経験によって、また置かれた状況によって、私たちが予想する以上に変化する。そのため、若くて経験が少なく、置かれた状況が限定された狭いものである場合、確固とした長期目標を決めるのには準備不足だ。
デイビッド・エプスタイン RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる p221-222
最初の計画に固執せず、入手した情報や振り返りにより、計画や目標を修正する柔軟性が重要であると感じました。
計画の柔軟性の障壁
計画に柔軟を持たせる上で障壁となるのは、人は継続することが美徳と考えられがちである点と、過去に費やした時間やエネルギーが勿体なく感じる点です。
前者について、確かに粘り強さは美徳の一つと考えられ、直ぐに辞めるのは根性がないとみなされる風潮はあると感じます。
日本ではこの傾向はより顕著でしょうか?新卒は3年目までは我慢しろって言葉も聞いたことがあります。
しかし、自分を無理やり適応させていくのは、本当にその人の幸福に繋がるでしょうか?人生の選択肢は無限にあります。その人により合った道は必ずあるでしょう。
継続・忍耐・粘り強さは、大きな成果を達成するのに必要な要素かもしれませんが、最初の計画や目標を固執することは成果への遠回りとなります。
特に現代は人生も長くなり、環境の変化も激しくなり、進もうとする道自体が途中で変化・消滅する時代です。「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略」にもあるように、第二・第三の人生戦略を立てる必要性も増加しています。
また、人は過去にかけたエネルギーや時間を過大評価しがちであり、仕事を継続するより辞める方にエネルギーを必要とする点も計画に柔軟性を持たせにくい理由の一つとして筆者は指摘します。
これは「サンクス(埋没)コスト」と呼ばれます。人は損失を大きく見積もる(得るより失う方が感情への影響が大きい)性質があるため、過去に費やしたエネルギー、時間、お金が無駄になると感じる選択を回避しがちです。
サンクスコストは投資やビジネスでも選択を誤らせる原因として知っていましたが、キャリア選択にも影響があるとは・・・!
過去に費やしたものは帰ってきません。過去の活用と未来の選択のバランスが適切であるか、未来がおざなりになっていないかを考えて計画の修正を検討する必要があります。
柔軟な計画を後ろ向きな選択にしないために
一方で、いくら柔軟性といっても、嫌なこと・辛いことから逃げるためだけの変更であれば、後ろ向きな選択の連続となりマッチ・クオリティーの向上には結び付かないでしょう。
本書内のアドバイスとしては、計画の段階で辞めるための条件を設定することを提案しています。
具体的には期間や行動目標の設定でしょうか。このパートを読んでいて、今の仕事が自分に合っているか確かめるため本気で取り組んむ期間を一年間設定してから納得して転職した友人を思い出しました。
そして、辞める時の気持ちが忍耐力の不足によるものなのか、自分により合うものを見つけたからなのかを感じ取ることも重要と補足します。
筆者はキャリア関連の本の著者として有名なセス・ゴーディン氏の発言を下記のように引用します。
ゴーディンは、「やめる勇気がなくて仕事にしがみついていると失敗する」と言う。ただし、単に仕事が大変だからという理由でやめることは勧めていない。長い道のりを歩むうえで、困難に屈しないことは強みになる。しかし、やめるべき時がわかることは、戦略的に大きな強みなので、何かを始めようとする時には、やめる時の条件を挙げておくべきだとゴーディンは言う。
デイビッド・エプスタイン RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる p190
ここで、柔軟に、そして前向きに計画を修正するためには、何が自分により合うものなのかを探すアプローチも重要と感じました。
短期的な挑戦を繰り返し、自分の得意なこと、好きなことを探す
それでは、自分により合うものを探すアプローチについて考えてみたいと思います。
ここで筆者の主張は計画を練りすぎず、短期的な挑戦を積み重ねて色々試すことが重要であるという点です。
過去記事で紹介した質問への回答で自分の強みを見つけられる「ストレングスファインダー」のように、自分の特性を判断するためのツールや診断は充実してきました。
自分の才能を発見しよう!:読書日記しかし、人の性格や特性は環境により変わるので、実際に経験してみないと分からない部分があることを筆者は指摘します。
皆さんも、不思議と普段より集中・活力が湧いてくる領域や瞬間はありませんか?
筆者はロンドン大学ビジネススクールの教授で、組織行動論が専門のハーモニア・イバーラの主張を引用し、考える前に行動することの重要性を示唆します。
(前略)、「本当は、私は何になりたいのか」という問いに鉄壁の答えを出そうとするよりも、自分自身の研究者となって、小さな問いにを立てて実験してみるほうがいいことだ。「いろいろな自分がある中で、そのうちのどれを今開拓してみるべきか。どうすれば開拓できるのか。」そう考えて、いろいろな自分と戯れてみる。壮大な計画を立てるよりも、すぐに実施できる実験を見つける。「『試して学ぶ』であって、『計画して実行』ではない」とイバーラは言う。
デイビッド・エプスタイン RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる p225-226
今自分に何ができるかを考えて、今できることに挑戦してみる。そのような新しい試みを繰り返す姿勢が重要であると学びました。
といっても、忙しい毎日の中で新しいことを始めるといわれても、中々取り組めないもの・・・。
そこで役に立つ考えが「金曜日の夜の実験」、「土曜日の朝の実験」です。これは、一週間の中で時間を決めて、普段と異なる新しいことに挑戦・試す時間を作る・スケジューリングすることを意味します。
Googleの20%ルールを自分の人生にも適応するイメージです。
新しい取り組みを繰り返す中で、自分の性格や能力に合う道が段々見えてくるはずです。例え、試したものが自分に合わなくてもその経験自体は無駄になりません。
実験をする上で大事なのは仮説と振り返りです。計画よりも行動といっても、闇雲に試せばいいわけではないでしょう。
こんなことなら合いそう、得意そう、できそうという仮説は多かれ少なかれあるはずです。その仮説を確かめるためのアプローチが本当に取れているかが重要です。
また、やりっぱなしで振り返りがなければ、自分に合う道が何かはいつまで経ってもわかりません。振り返り・内省の時間が重要となるでしょう。
短期的な挑戦と振り返りを繰り返すことで、自分についてどんどんわかっていき、進むべき道の解像度が上がっていきます。
そして自分に合う道を考える上で参考になるのがMCWの輪です。下記記事で内省と含め紹介しているので気になる方はそちらも是非お立ち寄りください!
知的活動による充実の時間を:読書日記新しい取り組み≠転職:企業や組織にとってもマッチ・クオリティーは重要?
また、マッチ・クオリティーを高める方法としては転職がイメージされ、会社や組織にとってが考えたくない話かもしれません。
しかし、マッチ・クオリティーという考えを生かしてメンバーの満足度を高めるのみでなく逆に人材の流出を抑えるアプローチも可能となります。
本書で示された例としては、アメリカの陸軍における「士官向けキャリア満足プログラム」があります。
これは、キャリアを自分で選択できるようにするためのプログラムであり、一定勤続すると部門や地域を選択できるようになりました。
アメリカの陸軍では離職率の高さが問題となっており、年金や研修制度の充実等を試みましたが十分な成果は得られていませんでした。
その一方で、人材のマッチングの仕組みが全く存在していなかった点を改善し、上記プログラムを導入したところ多くの参加者より勤務期間の延長の合意が得られたという結果になりました。
つまり、「昇進するか辞めるか」の選択肢を強要する組織から、マッチ・クオリティーを高める仕組みを持つ組織に変化することで、転職を促進するどころか人材の確保に繋がるということが示唆されています。
会社や組織の中だけでも働き方は多様であり、同じ職種の中でさえ担当により求められる能力が異なることは珍しくないでしょう。マッチ・クオリティーは会社や組織を変更しなくても高めることができるのです。
このマッチ・クオリティーという考え方は会社や組織にとっても重要であり、メンバーに寄り添って、個人にあわせた能力開発とキャリア選択を支援することが優秀な人材を確保し、その能力を最大限に生かすことに繋がることを学びました。
勿論、自分の目指す道が現在所属する組織の外にあるのであれば、転職という選択肢が最善となるでしょう。
経験を人生の幅に活かすために
最後に、幅を増やすといっても、闇雲に経験を積めばいいわけでもないとも感じます。
経験や知識を他の領域に活かすには、得た具体的な情報を他の場面でも適用・応用できるようにルールや原則へ抽象化する必要があると感じます。
具体化と抽象化のレベルを考え、両者を行き来することで、汎用的な場面に応用できる学習や実際の応用に繋げられます。
抽象化・具体化は共に重要ですが、人は意識的に取り組まないと短期的な視点では必要度が低い抽象化を忘れがちな傾向にあります。経験を幅のある知識にして長期的に役立てるためには、経験の中もしくは後で対象を抽象化する習慣付けを意識的に身につける必要があります。
抽象的思考の学習がまとまっているサイトがありましたので、そちらも紹介します:抽象的思考とは? 苦手な人でもできるトレーニング5選
また、経験を知識にしてアイデアへ発展させるために参考となる本としては「アイデアのつくり方」を過去紹介しています。そちらの記事も是非あわせて閲覧いただければと思います!
体系的な「アイデアのつくり方」とは?-読書日記目次
終わりに
以上、ちょっと長くなってしまいましたが、「RANGE-知識の「幅」が最強の武器になる」(デイビッド・エプスタイン著、解説:中室牧子氏 翻訳:東方雅美氏、日経BP)から学んだ内容の整理でした。
変化が激しい、かつ各分野が細かく専門化する現代で、柔軟に自分にとって良い選択をしたり、問題解決やイノベーションを達成するには、多様な経験や分野横断的な思考が重要であることを学びました。
皆様にとっても、今後の学習方法やキャリアの対象、そして、仕事のアプローチ方法を検討するきっかけとなりましたら幸いです!
今回は学習とキャリアというポイントを中心にピックアップしましたが、本書ではその他の観点からも幅を持つことの重要性が紹介されています。
特に重要と感じた学んだポイントを下記にピックアップします。
- 組織で解決できない問題について、解決方法を外部に募集することで解決できる可能性
- 世の中で専門特化が進むほど、専門外のアウトサイダーにとってのチャンスは増える
- 最新の技術を使うことは必須ではなく、アイディアで新しい顧客と雇用を生み出すイノベーションもある
- 水平思考(情報を別の文脈に置き換えてイメージしなおすこと)と垂直思考の人のバランスが重要
- 専門家からは事実・データをもらっても見解はもらわない
- 自動的なフィードバックがない意地悪な環境では、経験だけではパフォーマンスを上げられない、より重要になるのは思考習慣であり、それは学んで身につけることができる
- 自分の道具を手放すということは、習慣を捨てることであり、適応である
- 優れたチームにはヒエラルキーと自主性の両方が求められる
気になるものがあった方は、本書を是非手に取っていただければと思います!知識・考え方の幅を広げる第一歩となるでしょう!
また、最後に補足すると筆者は専門化を悪としているわけではありません。人はいずれ自分の専門を必要とするためです。
ただ、経験が少ない段階で決めた専門・道に固執することのリスクに注意が必要であり、新しいことに挑戦して自分を試しながら合う道を目指して計画を修正し続けるすることが重要となります。
それではまた次の記事で!