バーツラフ・シュミル氏の「Numbers Don’t Lie~世界のリアルは「数字」でつかめ!」(訳:栗木さつき氏、熊谷千寿氏、NHK出版) に関する読書日記後半です。
今回は本書を通して学んだ点とどのように行動に繋げるかという点を整理していきます。
前回記事はこちら
勉強になったポイント
本書では数字を見る時の注意点を学べますが、一か所にまとまっておらず各トピックの中にコツが紹介されているため、自分の中で整理すると振り返りやすくなります。
また数字やデータの見方に限らず、新しく生まれたアイディアや既存の取り組みの実態と効果を評価・予想するための注意点も勉強できます。
自分への備忘録も兼ねて学んだ点を整理していきます!
数字が何を意味するかを考える
数字の本質的な意味を考える
物事を比較・判断する上で数字は便利な道具であり、本書も数字により世界の実態を明らかにすることがテーマです。
その一方で使用する数字を間違えると、世界を誤って認識してしまうことになるので、数字の選択には注意が必要です。
基準とする数字が求めたい目的に合致しているのかを精査する必要があります。
この視点はニュースなどでよく使われる数字にも必要となります。
たとえば国ごとの生活を比較する基準として1人当たりGCPやそれに強い相関関係を持つ人間開発指数、そして可処分所得がよく使用されます。
筆者はそれらの指標の問題点を下記のように指摘し、おおよその判断にしか使えないと主張します。
たとえば社会秩序が乱れて治安維持の必要性が高まっているところでも、GDPは増加する。防犯対策への投資が進み、入院治療を要する患者の数が増えるためだ。また、いくら平均可処分所得を見たところで、経済格差がどのくらいあるのか、あるいは経済的に恵まれない世帯に対して社会がどんな支援策を用意しているかわからない。
第1章世界の人々-暮らしはどう変化して、どこに向かうのか? p25
メディアでもよく使用される「世界幸福度報告書」で発行される「世界幸福度ランキング」の問題点への指摘も興味深いトピックでした。
日本が低いことで有名なランキングですね。2020年版では62位でした。
この世界幸福度ランキングは下記の指標を単純に足し算して作られています。この計算方法はメディアではあまり紹介されませんね。
- 1人当たりGCP
- 社会的支援(「困ったときに頼れる親戚や友人がいますか」という質問への回答で評価)
- 健康寿命(世界保健機関の100項目に及ぶ健康評価による)
- 人生の選択の自由度(人生でなにをするかを選択する際の自由度に満足していますか?それとも不満がありますか?」という質問への回答で評価)
- 他者への寛容度(「この1か月間で慈善団体に寄付をしましたか?」という質問への回答で評価)
- 社会(官民を問わず)の腐敗をどの程度と認識しているか
ぱっと見でも、上記で問題を指摘された1人当たりGDPや文化背景による影響が大きそうな主観的な項目など、統一感の無い雑多な項目が採用されていることが分かります。
また、これらの指数を単純に足し算するだけなので、重要度による重みづけもされていません。
このように背景を知ると、このランキングが果たして妥当なものなのか疑問が湧いてきますね。
よく取り上げられる数字や指標はなんとなくそのまま受け止めてしまいがちですが、知りたい事実を適切に反映したデータであるのか、注意が必要であると実感できました。
データや数字の定義を確認する
世の中には数字が溢れています。しかし、それらをすべて鵜呑みにしていては世界の本当の姿は見えてきません。
その数字が何を意味し、どのように導き出されたという過程を確認することが大切です。
本書では例として、COVID-19による致死率を上げています。
この致死率はその感染症による死亡数を感染者の総数で割ることで求められます。
この致死率を構成する数字として、診断書により確定した数が計上される比較的信頼できる分子と異なり、分母となる感染者数は定義が曖昧である点を指摘します。
例えば採用する数字により下記の通り致死率に差が生まれます。
- 医療機関などの検査により確認した感染者の数:10万人当たり100人から5000人程度
- 症状により推定した感染者の数:10万人当たり5人から50人
- 血清疫学調査あるいは無症状感染の広がりから推定した感染者の数:10万人当たり1人から10人
この定義の違いだけで1番目と3番目の間には500倍もの差が生まれ、判断に影響を与える大きなインパクトがあることが分かります。
正しく比較検討する
比較対象の条件を揃える
比較しようとするデータの定義や成り立ちを確認した後、比較する条件を揃えることも重要です。
同様の条件、たとえば同様の期間で偏りがない集団から取ったデータを比較することで初めて意味があります。
また比較の条件について視点を変えてみると、より興味深い比較が可能であることを本書は示唆します。
まず印象に残った例は鶏肉と牛肉の生産効率の比較です。
鶏肉と牛肉の生産効率
純粋に重量を比較するのではなく、1頭または1羽あたりの可食部を計算し、この1重量単位の生産に必要な飼料の重量単位で割ることで、生産に必要なコストおよび生産効率の比較が可能となります。
その結果、鶏肉は牛肉の赤身と比較して約4倍も生産効率が良いことが分かります。
畜産は飼料用穀物を含め、生産過程で多くの環境負荷が掛かるため、鶏肉食の割合を増やすことで食肉量を維持しながら環境負担を減らすという環境問題の新たな解決策の検討に繋がります。
このように同じ対象でも揃える比較条件を変えることで、単純に生産重量のみを比較しているだけでは見えない事実が明らかとなります。
携帯電話と車の環境への影響
また携帯電話と車の環境に対する影響を比較するトピックでは、それぞれの重量と製造台数、製造時のエネルギー、製品の寿命やを考慮すると、重量あたりを製造する際に必要なエネルギーは2倍も差がつかないという点が印象的でした。
使用時も携帯電話は使用のためのネットワーク環境構築にエネルギーが必要なため環境への影響が意外と大きいという点が印象的でした。
脱炭素化社会に向けて車産業の対応が主に取り上げられますが、その他の産業による対応も必要とり、責任を一部の業界に押し付けてはいけない点が分かります。
物事を比較する際は条件はそろっているか確認することで比較の妥当性を保証し、視点を変えてみることで問題解決のための判断基準となるようなデータを獲得できます。
ちょい足し:グラフや表への注意点
グラフや表は視覚的にも内容を理解しやすく、説得力のある表現方法の一つです。
その分データを表面的に見ただけで内容を理解したと勘違いしやすいので下記に注意が必要です。
- 使われている数字は正しいのか
- 数字とグラフの大きさは一致しているか
- 適切な集団から集められたデータであるか
- 恣意的な切り取られ方をしていないか
- 比較をするためのグラフであるなら条件は揃えられているか
有名な例としては縦軸の調整で実際よりも影響を大きくみせたり、データを集める集団の偏りにより誤った結論が出来たりがあります。「インターネットを使用したことがありますか?」というアンケートをWebで実施した場合、回答結果は100%となってしまいますよね。
多角的な視点で見る
効果以外の側面にも目を向ける
取り組みを始めようと検討する際や投資に対する見返りを評価する際は、効果というポジティブな面のみに目が行きがちです。
しかし本当に有用な手段であるかを判断するためには、コストや問題点などのネガティブな側面にも目を向けることが重要です。
ネガティブな側面の例としてはコストがあげられ、本書ではワクチンの費用便益効果が取り上げられています。
ワクチンの費用便益効果
費用便益効果を比較することで、幼い命を救うために最も効率の良い方法を知ることができます。
本書で紹介された研究によれば、不要となる医療費や失わずに済む賃金、感染による生産性低下を検討すると、予防接種普及事業に1ドルを投資することで、16ドルもの便益が見込めれることがわかりました。
さらに罹患者当人のみでなく、そこから波及する経済的な便益を計算すると1ドルあたり44ドルもの便益を見込めるという結果が出ました。
なんと44倍もの投資効果があり、ワクチンは 幼い命を救うために非常に効率的な方策であることが分かります。
開発費用は含まれていない点は注意が必要ですが。
例ではコストをあげましたが、もちろんその他のリスク的な側面の検討も重要です。ワクチンの例で言えば副作用や開発のための準備期間などがあげられるでしょうか。
効果というポジティブな側面以外も考えることで、広い視野での比較検討や潜在的なリスクの回避ができるようになります。
プロセス全体で考える
取り組みを実現するには、長期的なプロセスが存在します。
使用時のみのように短い期間のみを切り取って検討すると、最終的には逆効果となっていたもしくは実際の運用は現実的でなかったという結果になりかねません。
化石燃料の資料を減らすために自然エネルギーの活用拡大が期待されていますが、その実現のための課題としては変換効率の改善がイメージしやすいです。
変換効率が改善できれば十分な量の電気が供給出来て、コストの低下も期待できそうです。
しかしどれだけ変換効率が高い技術が発明されても、その運用以外のプロセスにおけるコストや問題点が大きければ、状況を改善するための解決策にはなりません。
使用時のみでなく、製造やメンテナンスそして廃棄という全体のプロセスを考える必要があります。
またエネルギー生産という観点では、エネルギーを生産して終わりではなく、使用する場所に輸送し使用に備えて保管するプロセスも重要となります。
例えば風力発電所を設置する際の巨大なプロペラ装置の製造やメンテナンスは、化石燃料によるエネルギーに依存しています。
この使用する化石燃料によるエネルギーが、導入により削減できる脱炭素量に見合っていない場合、その取り組みはほとんど効果を持ちません。
太陽光発電においては、荒天が続いた時や夜のための電力を貯めるために大規模な蓄電池が必要であり、今の技術だと大都市規模の電力を貯める能力が無いことから、太陽光発電を活用する上での課題となります。
そのため変換効率の優れた技術が開発されてもそれ単体では問題の解決にはなりません。
その他では電気自動車の現実的な側面を紹介したトピックも興味深かったです。
このようにどのようなプロセスがあるかを包括的に考えることで、問題を解決するためにどの技術に投資すればいいかを判断するための基準を整理できます。
新しい方法が必ずしも優れた解決手段とは限らない
変化が激しい世界では、新しい技術やアイディアが続々と出てきます。しかし方法はあくまで手段であり、目的ではありません。
競争社会で生き残るために新しい技術の開発自体は重要ですが、新規技術の導入に固執すると多大な経済的な損失や人的労力の損失そして予想外の悪影響まで生むリスクにつながります。
既存の方法と比較して、本当にその技術への投資や期待が適切なのかを考える必要があります。
その判断基準は上記のようにプロセス全体という視点でやコスト等のネガティブな側面も考え、導入によるメリットが投資に見合っているか、既存の方法より優れているかを考える必要があります。
本書の例として温暖化問題が取り上げられており、脱炭素社会への変化が求められています。
その解決方法として自然エネルギーの活用が挙げられますが、上記のように導入段階で炭素の排出が必要であったり、活用のために必要な技術(大規模な蓄電池)が揃っていなかったりと、この方法のみに頼ることは現実的ではありません。
筆者は三層窓構造やコンパクトな家への建築スタイル変更による暖房の効率化という現実的かつアナログな方法による二酸化炭素の排出減少から検討するべきではないかと主張します。
地球温暖化のスピードを落とすための取り組みは、長いあいだ続けられてきたし、これからも続いていくだろう。そこから、なにか想像を超えるような画期的なアイデアが生まれることが、はたしてあるのだろうか?わたしとしては、もっとも費用がかからない、つまりいちばん安上がりの方策をここで提案したい。たしかに、暖房には炭素排出がついてまわる。だが、この方策を実施すれば、炭素排出量の削減に最大かつ最も長続きする貢献ができるはずだ。その方策とは、家の大きさに上限を設けること。
第4章環境-賢い選択をするために、知っておくべきこと p194
行動に取り入れるなら?
日常で目にする数字を注視してみる
ニュース、メディア、町中であらゆる数字が目に飛び込んできます。
本書で学べる数字の見方を目にした数字に当てはめてみることで、情報を正しく理解・判断する力を磨けます。
これは一生役に立つスキルとなるため、人生をより充実したものとする大きな財産となるでしょう。
学んだ知識を自分の力に変えるには、実際の行動に移すしかありません。日常や仕事の場で実践の機会を増やすことが重要となります。
このスキルを身に付けることで、与えられた情報を鵜呑みにするのではなく、情報の根拠やそれに基づく主張が本当に正しいのか無意識に一度咀嚼して疑う姿勢(自分を守るための批判的思考)が生まれることに気付きます。
本ブログでもより実践しやすいように、本書で学べる点を上記に整理してみたので、そちらも参考になれば幸いです。
関心のある項目についてより広く深く調べてみる
本書は幅広い71ものトピックを紹介しているため、関心が高い項目がきっと見つかるはずです。
その項目について自身で調べて理解を深めるというアプローチが考えられます。
ここで重要となるのはどのように調べるかなのですが、本書では参考とする信頼度の高い数字として「はじめに」で下記が例示されています。
- 国際機関が公表している世界各国の統計
- 国の公的機関が公表している年表や年鑑
- 官公庁が編纂した歴史的な統計データ
- 科学誌に掲載された論文
自分の関心の強い項目で信頼度の高い数字やデータの調べ方を学ぶことは、その後に他の情報を調べる上でも役に立つ汎用的な情報収集スキルの習得にも繋がります。
クセがあったり見づらかったり英語だったりで中々大変な点は多いですが、その分一部の人しか有しないスキルとなるため差別化にもつながります。
英語は機械翻訳が進歩してきたので、活用することで労力とハードルは削減できます。
私は幸福や健康に関する項目に関心があるので、これらの情報源にどのような情報があり、どこに目当てのデータがあるのかを調べ始めています。
これまで触れてこなかったページが多く苦戦もしていますが、新しい情報を知るための刺激的な時間となっています。
終わりに
本書を読んでいて感じたのは一次的な情報源へのアクセスの重要性です。
いかに加工が少ない情報を入手するかにより、より広い視野で多角的に物事を捉えることができると感じました。
私は現在そのような数字にアクセスする習慣を作ることを目標としています。
アクセスしにくい情報があれば、アプローチ方法や情報を整理して共有することが誰かの役に立つものになるのかなとも考えています。
現在はどのような情報にどのようにアクセスするか、国や各省庁のホームページをあさっています。
情報の正しい認識は、正しい判断や行動を導く上で欠かせないステップとなります。
現在の世界を認識をするためには数字の力が欠かせず、一方で数字に惑わされないようにするためには数字を正しく読み解く力も必須となります。
その力を磨くアプローチとして本書に興味を持ってくださる方がいらっしゃれば幸いです!
それではまた次の記事で!