「自由からの逃走」を図を交えて整理してみる-読書日記_3

エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」(東京創元社)についての読書日記、今回は第三章に入ります!

今回から中世から近代にかけて、自由に対する人々の性格構造にどのような変化があったか、そしてそれが社会構造にもどのように影響を与えたかというテーマに入ってきます。

過去記事はこちら:背景情報の整理第一章: 自由-心理学的問題か?第二章:個人の解放と自由の多様性

第三章 宗教改革時代の自由 前半

近代化前の人々と社会の関係について

中世の封建主義と教会による支配が強かった時代、人々に自由は与えられていませんでした。

一方、社会から人々に与えられていた恩恵を筆者は下記の通り説明します。

近代社会とくらべて、中世社会を特徴づけるものは個人的自由の欠如である。当時ひとはだれでも社会的秩序のなかで、自分の役割へつながれていた。(中略)しかし近代的な字意味での自由はなかったが、中世の人間は孤独ではなく、孤立してはいなかった。生まれたときからすでに明確な固定した位置をもち、人間は全体の構造のなかに根をおろしていた。

自由からの逃走 p52,53

この状態の人々は個性化する前の状況であり、一部の例外を除いて、職業や住む場所や生活の仕方まで生まれながらに指定されている状態でした。


現代の日本に住んでいる我々からすると、非常に生きづらい世の中と感じますね。

自由度はなく社会に束縛された存在でありましたが、自分を世界の中の一部分と認識していたため、この束縛は大きな苦痛とはなりませんでした。

また、苦難があってもそれは各人の罪によるものというキリスト教の教えにより、その苦痛を和らげていました。

さらに、社会の中での役割が明確化されているため自分の生きる意味が自覚でき、また社会との第一次的絆によるつながりから安心感を受けることができていました。

第一次的絆により社会から与えられていた安心感

近代化の影響-宗教革命前

上記の状況が封建主義の崩壊宗教改革により変化し、社会は近代化へと進んでいきます。

この近代化の背景にはルネッサンスによる自由への信仰の高まりがあり、封建主義が徐々に崩壊していく中で宗教改革を起こし新しい社会構造を生んでいきます。

近代化の特徴としては資本主義による競争社会が挙げられ、民衆の性格構造への影響はそれぞれの属性により異なっていました。

例えば、事業に成功して莫大な富を掴んだ資本家と、その資本家の元で働く市民とでは近代化が与えた影響は全く異なります。

市民にとっては、前述の第一次的絆による生活基盤が崩壊し生きる目的安心感失ったのに加え、上級階級や資本家により利用される存在へとなってしまいます。

そのため、どのような影響があったかを考察する際は対象の属性に注意することが重要となります。

社会構造変化によりどのような影響があったかを具体的に見ていきましょう。

封建主義崩壊による競争社会への移行、協同一致の無意味化

封建主義が崩壊したことにより、民衆は集団から解き放たれそれぞれの個人へ孤立しました。

解放前は所属する社会の一部として、その社会のために働くという共通の目的がありました。

また個性の解放前であるため、お互いを個人とも認識しておらず、同様に社会の一部として協同することが前提の時代でした。

封建主義が崩壊し個人が自由に放たれると、生きるための目的も社会から自分のためへと変化し、激しい自己中心主義が出現します。

そのような社会では他人は共に働く仲間ではなく、利用する’モノ’として扱われるようになります。

資本主義社会の成立により資本家が力をつけていく環境へ変化し、このような風潮は加速します。

生きるための目的の喪失

また、外的支配からの解放で民衆が失ったのは第一次的絆とのつながりのみではありませんでした。

民衆は生まれながらに与えられていた職業や役割から解放されて自由を手に入れましたが、以前は社会から与えられてきた生きる目的自分の価値自ら見つけ出す必要が出てきます。

これにより自分の人生を決められる自由度が上がるという恩恵がある一方、自分の価値を見出すために名誉への欲や競争心がうまれ、周囲が敵となる孤独感とそれによる不安が民衆を襲います。

敵意にみちた世界のなかで、孤独となった個人の状態からでてくるこのかくれた不安は、ブルックハルトの指摘したように、ルネッサンス時代の個人に特徴的な性格-すなわち名誉を求めるはげしい願望-の発生を説明している。それはすくなくとも、中世的社会機構のなかのひとびとには、それほど強くみられなかったものである。

自由からの逃走 p59
生まれてから見つける価値の方が重要に 使用:いらすとやさん

ここで、生きる目的が自分のみに向く場合は前述の激しい自己中心主義を生みますし、見つけられない場合は自分の存在意義を実感できないために無力感による不安にも苛まれることとなります。

人間の生産物(資本)で評価される時代に

生まれながらに与えられてきた生きる意味を失った民衆は、自身の価値を高めようという欲求に駆り立てられます。

そして、その価値の尺度として使われるようになったのが資本です。

どれだけ稼いでいるかどれだけの資本を持っているかというのは分かりやすい判断基準であり、事業に成功した資本家の存在感を際立たせる要素でした。


現代でも収入の大きさはステータスであり、月収何千万や年商何億というのは紹介文でよく見る謳い文句ですよね。

そして、いつしか人間そのものよりも、生み出される資本の方が重要視される社会構造へ変化します。

資本家自身も資本のために存在するという、目的(人間、人生)手段(資本、お金)逆転現象が発生し、資本家自身も自分を資本を作り出す’モノ’として取り扱う状況となります。

他人はたんに使用し操るべき「物」とみなされ、自分の目的のためには、他人を残虐に破壊した。個人ははげしい自己中心主義と、力と富へのあくことのない欲望とのとりことなった。その結果、自分自身にたいする健全な関係も、安心感や信頼感もまた毒された。自分自身もまた、他人と同様に、自分にとって利用すべきものとなった。

自由からの逃走 p58


マルクスの思想からの影響がよく読み取れますね。

資本による格差、勝者・敗者発生(資本家or資本自体による搾取)

資本主義社会では資本が更なる資本を生むため、資本家に資本が集中して格差が拡大していくという特徴があります。

例えば、資本家は資本により設備、土地、人員を工場に集中することで、効率よく資本を生み出します。

一方、資本家になれない労働者は、資本家により搾取され利用される存在へと陥ります。

労働の成果は労働者に還元されないため、この格差は是正されず、資本を判断基準とした勝者と敗者という概念が生まれます。

そしてこの格差は生まれながら与えられたものではないため、成功者とそれ以外という構図を際立たせます

資本主義社会による格差の拡大  使用:いらすとやさん


生まれによる格差は現代も問題視されていますが、一代で莫大な富を稼いだ例は少なくありません。勿論、割合としては多くは無く、みんながみんな達成できる再現度が高いものではないですが。

そして、その搾取はこれまでの神や帰属する社会への貢献という生きる目的を与える有意義なものではなく、資本家、もしくはその先の資本に対する空虚なものとなります。

個性化が始まる前の一次的絆の中の世界では、自分を個人と認識して他人と比較する傾向も弱く、勝者や敗者という概念は希薄でした。

被支配者という存在でも、それは運命により決められたものなのでしょうがないという慰めがありました。

一方、自分で職業を選べる自由な世界では、成功できないのは自分の能力や努力不足のせいではないかという想いから無力感を生み出す要因ともなりました。

この無力感が人々を「自由からの逃走」へ導く1つの重要な要素となります。

   ここまでの大まかな流れ 使用:いらすとやさん

宗教改革に入る前に

上述した社会構造により、人々の中の孤独感と無力感による不安は増大していきます。

そしてこの増大した不安により人々に起きた性格構造の変化宗教改革に繋がります。

宗教改革の主役

改革や革命には先導者も重要ですが、民衆による支持という基盤が欠かせません。

この基盤が無ければ一過性の主張や議論でとどまり、社会構造の変化までたどり着くことはできません

そして、この主な支持層となったのは、資本家の元で労働者として働く中産階級です。

中産階級による労働力が近代社会発展を担っていますが、資本は資本家に搾取されるため、中産階級に還元されません。

また、この労働は一次的絆の中にいた時代のように生きる目的を与えてくれないため、なんのために生きているのかも見出しづらい状況となります。

このような状況で、中産階級に不安が募ります。

その結果、この産階級の不安を解消する主義・主張多くの支持を得て力を得やすいという環境が生まれます。

すると、主張がさらに力を待ち、より多くの支持を得るという循環が発生します。

この勢力を増していく主張が宗教改革による教会支配からの解放を引き起こします。

多数派に支持される主張が力をつけ更に多数派へと成長していく

宗教改革に対する本書の二つの着眼点

次回の記事で、宗教改革の中身に入っていきますが、本書では、宗教改革による心理的意味を分析する上で下記の二つの問題に整理します。

  1. 新しい教義を想像した個人の性格構造から独特な思想がどのような背景から生まれたか
  2. 教義を受け取る社会集団の心理的動機

前者はそもそも思想を生み出した主導者のパーソナリティや生い立ちを見ることで、どのようにそのような思想が生まれたかを理解するためのものです。

この分析により、その主義が何を主張しようとしているかという目的を確認することができます。

さらに、背景情報も考慮することで、指導者が隠しているもしくは指導者自身からも無意識的に隠れている根源的な動機まで深堀することが目的となります。

後者について、民衆の性格構造を分析することは、なぜその教義が社会集団から受け取られたかを確認することと結びつきます。

この分析において重要なのは、その思想の正しさではなく、それを民衆がどう受け止めて影響されるかとなります。


どれだけ正論でも、民衆の共感を得られなければ、人々の行動や生活、そして社会構造変化を起こすことは難しいです。

民衆からの支持を得るためには、その教義が支持者集団の潜在的な思想をいかにより率直に述べているかという点が重要となります。

この2つの分析をすることで、教義が持つ意味指導者民衆両方から分析することが可能となります。

指導者の心理と支持者の心理という二つの問題は、もちろんたがいに密接に結びついている。もし同一の思想が受けいれられるならば、かれらの性格構造は重要な点で類似しているにちがいない。(中略)指導者は、その支持者がすでに心理的に準備している思想を、よりはっきりと率直にのべているのである。

自由からの逃走 p74

民衆が意識してなかった不満や不安を気付かせ意識を向けさせる代弁者となることで、共感関心、そして支持を集めることができるのです。

宗教改革がどのように起こり、そこに民衆の性格構造がどのように関係したか?

次回は宗教改革における社会構造と民衆の性格構造の関係の具体例に入っていきます!

それではまた次の記事で!

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