前回からフロー体験について、M・チクセントミハイ氏の「フロー体験入門-楽しみと創造の心理学」(訳:大森弘氏、世界思想社)を元に整理しています。
フロー体験はスキルの最大活用と高い集中力によって日々の活動に楽しみと創造性を生み、日常、そして人生をより充実させます。
今回は日常におけるフロー体験を整理しながらどのように人々はフロー体験を経験するのかを確認することで、日々の中で出会うフロー体験の数と時間を増やすヒントを得ることを目的としています。
今回重要となるポイントは日々の生活はどのような活動によって構成され、その体験を我々はどう感じているかです。そしてその後に最も多くの時間を占める仕事という活動について注目していきます。
日々の生活を構成しているもの
こちらは第一章の内容です。
筆者は前提として人々の日々の生活がどのような活動によって占められるかを確認します。
人生は日々の行動・活動による積み重ねにより構成されます。
時間という希少な資源をどのような活動に割り振るかが人生の質を左右すると筆者は指摘します。
生きることは行動、感覚、思考を通じて体験することを意味する。体験は時間の中に場を占める。そのため、時間こそわれわれがもっている究極の希少な資源なのである。何年もかけて、体験の内容は人生の質を決定づけるだろう。それゆえ誰もができる最も重要な決定の一つは、自分の時間をどのように割り当て、投資するかということである。
フロー体験入門-楽しみと創造の心理学 第1章 生活を構成しているもの p11
何をするのか
活動の分類
それでは私たちは日々の時間をどのように使用しているのでしょうか?筆者は日々の活動を下記のように分類します。
- 生産的活動:仕事・勉強、職場でのおしゃべり・飲食・空想
- 生活維持活動:家事、食事、入浴・着替え、車の運転・移動
- レジャー活動:レジャー活動:メディア(テレビ、読書)、趣味・スポーツ映画・レストラン、会話・社交、何もしていない・休息
生産的活動は生きるためのお金を稼ぐための活動を指し、生きるための資産を作りますがその分大きなエネルギーを必要とします。
生活維持活動は生きていくためのメンテナンスの時間となります。身体を健康に保ちエネルギーを充足するための時間となります。
そして生産的活動と生活維持活動以外の残りの時間が自由時間かレジャーの時間となります。この活動時間は過ごし方によりその性質が最も大きく変わります。筆者はさらにこの時間を下記の3つに分類します。
- メディアの消費:テレビ視聴が多くを占め、その他新聞や雑誌を読むこと
- 会話
- 活動的な自由時間:趣味や作曲、スポーツや体操、レストランや映画に行くこと
筆者は現在の人々がメディアの消費に多くの心理的エネルギーを費やす一方、この種類の娯楽は興奮を生み出すことを目的に作られ、人々の成長に繋がない点を懸念します。
活動の記録と調査
次に人々が実際にどの活動にどの程度の時間を割いているかをみていきます。下記はアメリカのデータですが、人々が生活の時間をどんな活動に割いているか、起きている時間を16時間と仮定して調査された研究ををもとに図式化したものです。
生産的活動が他よりも多くの時間を占めていますが、個人によって大きな幅があることが分かります。例えば下記3通りのパターンでは同じ16時間でも日々の過ごし方が大きく異なります。
また同じ活動のカテゴリーでも、フロー体験に繋がるものも繋がらないものもあります。その傾向については後述します。
誰といるのか
また、筆者は日々の生活は何をするかによってのみはなく、誰と一緒にいるかによっても決まると主張します。
われわれの行動や感情は、いまそこにいるかどうかにかぎらず、いつも他者に影響される。アリストテレス以来これまで、人類は社会的動物であることは知られてきた。そして肉体的にも精神的にも複数の他者に依存してきた。
フロー体験入門-楽しみと創造の心理学 第1章 生活を構成しているもの p18-19
そして人との過ごし方を下記の3つに分類します。
- 公的な場:見知らぬ人々、同僚、もしくは若者にとっての学生仲間から成り立つ。
- 家族:特殊な絆が存在し安心感をもたらす一方、他者よりも大きな責任を感じる存在。
- 孤独:他者の不在により定義される場面。個別の仕事を求められる現代では孤独に耐えれることも重要。
上記の何をするのか、誰といるのかという観点で日常生活の様子と質が記録・調査された研究結果が本書内の主張の根拠に使用されます。(用いられた手法(ESM)の詳細が気になる方はこちら(公益社団法人日本心理学会)をご参照ください。)
人々は体験をどのように感じるか
活動が人々に与える心理的影響
活動の種類を整理したところで、その活動が人々にどのような心理的影響を与えるかを見ていきます。心理的影響を幸福、モチベーション、集中、フローに分けることで、活動による体験の質を視覚化できます。
注意が必要なのは下記2点です。自分にとって重要度の高い活動をバランスよく積み上げていく必要があります。
- 収穫逓減の法則:幸福に繋がる活動も、多すぎると意味が無くなります。例えば食事は幸福に繋がる行為ですが、満腹を越えた食事は幸せな気持ちを生みません。
- 平均値であり個人差が大きい:分かりやすさのために行動を上記のように分類していますが、同じ分類の活動でも人に与える影響は多様です。さらに活動の内容まで同じであってもその人のとらえ方により影響に個人差が生まれます。後述する教会を作る3人のレンガ職人の例が分かりやすいでしょうか。
また、活動の種類により注意点が変わってきます。本書では仕事とレジャーという場面、コミュニケーションという側面から整理されます。今回の記事では特に割く時間が大きい仕事について見ていきましょう。
仕事という奇妙な体験
仕事に対する矛盾した姿勢
起きている時間の約1/3を占める仕事は非常に奇妙な体験であると筆者は指摘します。最も真剣で満足できる機会を与えて誇りとアイデンティティを与えるポジティブな面を持つ一方で、ほとんどの人が避けようとするネガティブな面を抱えています。
実際に体験の質について調査してみると上記の表の通り、人々はレジャー時間よりも仕事の中でフロー体験をよく経験するという驚きの結果が得られました。
実は仕事は、明確な目標とルール、そして達成出来たかというフィードバックをあたえるため、フロー体験を導く条件を揃えているのです。
その一方で、なぜ多くの人にとって仕事は生活の質を改善するための魅力的な活動として映らないのかという矛盾が生まれます。
筆者は生活の質を改善するためには、仕事は我々にとってどのような存在であるかを歴史を含めて再考する必要があると主張します。優先度を考慮し本記事では詳細を割愛しますが、この人々の仕事に対する認識については性差を含む伝統的な価値観が強く影響します。
仕事はそれが占める時間と、それが意識の中に生み出す影響の強さという点で非常に重要なので、もし生活の質を改善したいと思うならば、その多義性に向き合うことが必要不可欠である。
フロー体験入門-楽しみと創造の心理学 第4章 仕事についての矛盾 p68
矛盾を生む二つの理由
ここで筆者はこの矛盾を生む二つの理由を、客観的な状況と主観的な印象として分類します。
まず客観的な状況として、遠い昔から雇用者が労働者の体験の質にめったに関心を持ってこなかったことに原因があると筆者は推測します。
社会の成熟と共にワークライフバランスや労働環境問題が声高に叫ばれるようになりましたが、資本主義社会として利益の効率性が優先されて、労働者の働き甲斐が二の次三の次となってしまうのが実情です。
その分、創造性や働きやすさを優先し、結果として利益に繋げている会社は注目されると考えます。
与えられた関心のない単調な作業が仕事のほとんどとなると、その活動の中に本質的なやりがいを期待できなくなるため、仕事が人生の質を高めるものではなく退屈な逃げ出したい活動へと変わってしまいます。
また主観的な印象は仕事の歴史的な悪評により形成されたものとなります。これは特に産業革命時代における過酷な労働環境での作業が強いられていた影響が強いです。
その時代は自由時間が非常に貴重な存在であったため、自由時間こそが幸福を保証する財産であると絶対視されます。
その結果、この自由時間を妨げる労働はすべて悪いことで、労働からの解放が真の幸福であるという刷り込みがされ、結果的に人々は労働が楽しいものであると認めることが難しくなります。
仕事を価値ある体験とする条件
人々から敬遠されがちな仕事ですが、取り組みの姿勢によって体験の質を変えられることを筆者は下記のように主張します。
非常に多くの文化的先入観なしに、仕事を個人的に意義のあるものにするために形づくる決意をもって取り組んだ時、最も平凡な仕事でさえ、人生の質を減じさせるというより向上させえる。
フロー体験入門-楽しみと創造の心理学 第4章 仕事についての矛盾 p83
ここでポイントとなるのは仕事の意義をどのように認識するかです。同じレンガ積みでも、単調作業をしているのか、教会を作ろうとしているのか、人々の憩いの場を作ろうとしているのかでその作業の意味とやりがいは大きく変わってきます。
一般的に本質的なやりがいは高度な専門職で得られやすいという事実もあります。しかし、仕事を自分の人生の質を高める活動とすることは高度な専門職の特権というわけではありません。
本書で述べられる高度な専門職が持つ要素を下記の通り整理してみました。この要素を整理することで、現在の自分の活動をより価値のある体験に変化させるためのヒントを得ることができると考えています。
- 目標設定の自由性
- 難易度選択の自由性
- 個性、自身の能力の発揮による自我の強化
- フィードバックによる高度な生産性の実感
- 創造性、大きな工夫の余地
- 新しい発見との出会い、困難への挑戦による喜び
いずれもフロー体験を生む条件(明確な目標、迅速なフィードバック、活動の機会、バランスの取れたスキル)と関連した魅力的な要素に見え、このような仕事をする人生は充実したものとなりそうだなと感じますね。
本人の莫大な努力があるという前提の元ですが、これらの要素を持つ仕事と出会い、その領域で活躍できるのはまさに幸運と呼ぶのがふさわしいでしょう。
一方で筆者はこのような領域での活躍が、仕事という体験の質を高めるのに絶対必要な条件ではないことを下記の通り主張します。
しかし、ビジネスマン、配管工、牧場主、そして生産ラインのワーカーでさえ、仕事を愛し、詩的でロマンチックな言葉で仕事について述べるのに対して、有名で成功していながら自分の仕事を嫌っている人々を非常に多く見出すことは容易である。仕事がどれくらい人生のすばらしさに貢献するかを決定するのは、外部の条件ではない。それは、どのように働くか、仕事のチャレンジに立ち向かうことからどんな体験を引き出すことができるか、なのである。
フロー体験入門-楽しみと創造の心理学 第4章 仕事についての矛盾 p84
これは現在の仕事に満足できていない人にも非常に勇気の出る言葉であると思います。
環境によっては転職などの根本的な解決が必要となるケースもありますが、同じ職場や仕事内容でもそこからどんな体験を得ようかと取り組む姿勢を変えることで、人生の多くを占める仕事をより質の高い体験に変えられる可能性を示唆しています。
日々の活動の充実は人生の充実へとつながります。ライフワークバランスという言葉で、プライベートの充実が重要視される傾向が強いですが、個人的には仕事とプライベートの両方が充実することが本当のライフワークバランスであると考えます。
その上で、上記のフロー体験に繋がるような要素を自分の仕事に取り入れられないか、新しいプロジェクトや副業などの未知の体験を生み出す活動に挑戦できないかを考えて取り組むことが一つの解決策となるでしょう。
ここまで日々の生活はどのような活動によって構成され、その体験を我々はどう感じているかについて整理し、その中でも特に仕事について深堀りしてきました。
次回は本書でその他に掘り下げられているレジャー活動と他者とのコミュニケーションについて整理していく予定です。
それではまた次の記事で!