「バカと無知の壁」を越えられるか?-読書日記

どうもです!2023年も早くも2月に入りましたね!寒い日が続きますが、皆様体調は大丈夫でしょうか?

今回取り上げるのは、橘玲氏の「バカと無知 人間、この不都合な生きもの」(新潮新書)です。

興味深いタイトルに惹かれて思わず手に取った一冊で、色々と考えさせられたので読書日記にしたいと感じました。

それでは早速本題に入っていきましょう!

本書について

著者について

筆者の橘玲氏は宝島社の元編集長です。デビュー作の「マネーロンダリング」やベストセラー「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」を始め、投資や資本に関する多くの著書があります。

週刊新潮に連載を持っており、本書は2021/8月から2022/6月に渡る連載「人間、この不都合な生きもの」を加筆・修正し、2章を追加したものとなります。

本書の構成

本書は下記5つのテーマに分かれて記述されています。

  • PARTⅠ:正義は最大の娯楽である
  • PARTⅡ:バカと無知
  • PARTⅢ:やっかいな自尊心
  • PARTⅣ:「差別と偏見」の迷宮
  • PARTⅤ:すべての記憶は「偽物」である

本書を読んで感じたことは、これら5つのテーマはそれぞれ個別ではなく、それぞれが複雑に絡み合いながら人間の不合理で不都合な行動を生み出しているということです。

また、これらの要素は人間の本能により生まれるもので、これらの要素への対処は非常に難しいというのが読み進める上での印象でした。

本書の概要

人間は不都合な存在?

筆者は人間の非合理的で不都合な行動に着目します。

何が世を賑やかす事件を引き起こすのか、インターネットやSNS上で争いや炎上はなぜ絶えないのか、余裕を持った対応がなぜできないのか。

上記の事象はいずれも暗い気持ちを生み、世の中を生きにくく感じさせる要因となります。

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もっと寛容な世の中が良かったと言う人も少なくない中、炎上騒ぎは絶えませんね・・・。

この不都合な要因がなぜ生まれるか、原因を突き止めることで、もう少し生きやすくする方法が見つかるのではないかというのが本書のメッセージとなります。

「バカと無知の壁」とは?

筆者はこの不都合な行動の原因を人間の本性にあるとし、これを「バカと無知の壁」と呼びます。

この人間の本性は太古より人類が生存し子孫を残す上での優位性を生み出してきました。しかし、環境の爆発的な変化に人間の進化が追いつけなくなりました

生存の危険性が下がり、インターネットやSNSによって情報が爆発的に増え、発信が誰でも容易になった現代では、人間の本性は人間の厄介さ生きづらさを生み出す元凶という側面が強まってきました。

本書で取り上げられる厄介な行動や性質としては、正義という名目での他人叩き善意の皮を被ったマウンティング自尊心の暴走差別・偏見記憶の不安定性が挙げられます。

筆者は興味深い多くの研究結果を参照しながら、このような厄介な行動や性質の裏にはどのような人間の本性が隠れているかを考察していきます。

直感的に良いと信じていたものが、「長期的な視点や実際の検証においても本当に良いものなのか?」かという思考の盲点に気付くことが出来る一冊です。

根拠を吟味しながらの各論構成なので、話を整理しやすく、周囲のみでなく、自身も陥りがちな不合理で不都合な振る舞いはどうして引き起こされるのかを検討する一助となるでしょう。

人類に希望は無いのか?

本書を読み進めていくと、「適切な教育や全員の意見の反映等の理想論やきれいごとでは、世界を良くすることはできないかも」という不都合な真実に直面します。

「じゃあ人類には希望は無いの?」と読みながら感じる箇所もあるでしょう。

しかし、筆者は本書の締めくくりで希望が無いわけではなく、「バカと無知の壁」を認識して、自分の言動に多少の注意を払うことで、もう少し生きやすい世の中にできるのではと提案します。

この世で最も変えやすいのは自分自身なので、「バカと無知の壁」を越えようとしたら、まず取り組むのは自身の振る舞いや行動の改善となります。

本書で取り上げられるのは、いずれも現在の人類が直面している非常に厄介な問題であるため、「こうすれば解決できる!」という明快な回答があるものはなく、フラストレーションを感じる人もいるかもしれません。

オススメとしては、自身であればどの点に気を付ければいいのかというアンテナを張ることで、自身の改善すべき点という気づきを得ながら本書の内容を咀嚼でき自分の行動にもつなげやすくなります。

本書で学んだ点

最も勉強になった点:行動の背景に潜む制御困難な自尊心

自尊心が生み出す衝動

今回最も勉強になったと感じたのは、行動に影響を与える自尊心の存在で、特に印象に残った点は下記です。

  • 自尊心とはひと固有のパーソナリティというよりも、他者との関係性で決まる
  • 徹底的に社会的な動物である人間は集団としての自尊心が低下すると防衛のために攻撃的になる
  • 個人についても同様で、自尊心が揺らいだ個人は攻撃的な行動を起こしやすくなる
  • 脳は上方比較を「損失」下方比較を「報酬」と感じるように報酬系が設計されており、自尊心関連の反応に影響する
  • 進化の過程のコミュニティ内の生存競争のため相手からの優位性が重要となり、絶対的損得より相対的損得が重要視される
  • そのため相手が有利(自分が不利)になる選択には大きな抵抗が伴う

理想と異なる振る舞いを衝動的にしてしまうことがたまにありますが、その原因の1つは自尊心の防衛である可能性が示唆されます。

自尊心がもたらす人の心情の反応行動への影響については、意識したことが無かったので勉強になりました。

また、一言で自尊心といっても、下記のようなタイプ分けにより、人の行動や振る舞いの解像度をあげられる可能性が示唆されますす。

行動の背景どのような心理働いているか洞察を磨くことは、状況の把握や行動の改善の上で重要になると感じ、非常に着目したポイントです。

K
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もちろん、限界や弊害もあるので過信や無闇な分類は禁物ですね。

自尊心の分類:筆者の仮説

筆者は表面や行動に直接現れる顕在的自尊心と、内面で持っており表には出さない潜在的自尊心に分類し、下記のような分類が出来るのではないかと仮説を提唱します。

  1. 顕在的自尊心も潜在的自尊心も高い:一般的に自尊心が高いと言われるタイプ
  2. 顕在的自尊心も潜在的自尊心も低い:共同体で上手くやっていけていない、うつ病様のタイプ
  3. 顕在的自尊心は低いが潜在的自尊心は高い:周囲に合わせるため隠しているが、内心のプライドは高いタイプ
  4. 顕在的自尊心は高いが潜在的自尊は低い:実は自信が無く虚勢を張っているタイプ

日本人は確かに自尊心が低いと言われますが、プライドが高くて扱いに困る人の話をよく見たり聞いたりすることの説明として、日本人には③のパターンが多いという仮説は納得感がありました。

K
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自分も自尊心の高さを自覚しているので③のタイプかなと感じました!

筆者は下記のように主張します。

これはまだたんなる仮説だが、自尊心が高いか低いかの単純な二元論よりも、こうした見方の方が、ずっと人間社会の陰影をよくとらえているのではないだろうか。

バカと無知 橘玲氏 p145
主観的な自尊心の高低による防衛反応の違い

また、興味深いと感じた点に、自覚している自尊心の高低によって、自尊心が脅かされた時の対象方法が異なるという点です。

難しい試験を受けさせた学生に、実際より高い嘘の平均点を見せて自信が揺らいだ後の対処を観察する研究(論文:Self-Esteem and threats to self: implications for self-construals and interpersonal perceptions)が引用されます。

その結果、試験前の質問で自尊心が高かった学生と低かった学生で下記のような関心の違いが現れました。

  • 自尊心が高かった生徒:どうすれば自分の能力をもっと発揮できるようになるか
  • 自尊心が低かった生徒:どうすればもっと他人から好かれるか

筆者は本調査の結論を下記の通り紹介します。

ここから、自尊心の高低は個人主義と集団主義に関係していることがわかる。自尊心の高い学生は自分の能力を活かすことで、自尊心の低い学生は対人関係のスキルを磨くことで、”危機”を乗り越えようとするのだ。

バカと無知 橘玲氏 p137

このような反応のパターンの把握は、行動とその裏にある自尊心の関係を考察する上で有用だと感じました。

行動に移すなら?

自尊心に関する記述を行動に移すとしたら、他者への影響自身の洞察という2つのアプローチがあると考えます。

前者について、自尊心を傷つけられた人間は衝動的に攻撃的な反応を示すことがあり、無駄な争いや思わぬトラブルに巻き込まれる可能性があります。

他者の自尊心を脅かす振る舞いをしていないか注意することで、そのような事態を回避できるかもしれません。

また、個人的には後者の自身の洞察の方がイメージがしやすい点と感じました。

プライベートでも仕事でもこの振る舞いはまずかったかもと振り返る場面があります。しかし、その衝動が何によるものなのかが分からないと対処も出来ません。

そこで自尊心という一つの尺度があることで、衝動の原因を整理しやすくなり、気持ちが整理出来ることで事前にブレーキを掛けたり対応の中で修正をしやすくなります。

実際に本書を読んでから、1週間で2回ほど自尊心による衝動を自覚した瞬間がありましたが、今自分がするべき対応は何かを考え直すことで、行動を軌道修正できました。

自分の振る舞いの修正という点で、本書で学んだ内容は非常に有用だと実感しています。

印象的に感じた点:見えないバカと無知の壁

バカは自分がバカだと認識できない

本書のタイトルにもなっているバカと無知について、筆者はなぜこの問題が根深いのかについて切り込みます。

その根深い問題とは「バカの問題は、自分がバカであることに気付いていないこと」となります。

本書では心理学者デビッド・ダニングと博士課程のジャスティン・クルーガーによる能力の自己評価に関する研究が紹介されます。

ダニングとクルーガーによる研究

研究((論文:Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one’s own incompetence lead to inflated self-assessments.))では学生に問題を解かせ、実際の点数と自己評価を比較しました。

そして、得点によりその傾向を分析したところ、点数上位1/4のグループは自分の点数を実際の点数より低く見積もったのに対し、点数の下位1/4のグループ自分の点数を高く見積もったのです。

この結果より、得点下位の学生に対して、得点上位の学生は自分の能力を客観的にかつ控えめに評価していることが読み取れます。

スコア順に参加者を分類した時、下位3/4までは過大評価したのに対し、上位1/4のみは自己を過小評価した

この結果により、「能力の低い者は、そもそも自身の能力を認識する能力も低い」という仮説が成り立ちます。

以上の仮説はその後の研究でも検証・確認され、ダニング=クルーガー効果参考:what the Dunning-Kruger effect is and isn’t)として知られており、筆者は「バカの問題は、自分がバカであることに気付いていないこと、なぜならバカだから」と表現します。

この傾向は問題が簡単であるほど観察されやすく、問題が難しい場合にはこの認識のギャップは修正される結果も後の実験(論文:図はp48)で報告されており、高度なスキルが必要と目に見えて分かるアスリートや演奏家に対し、必要なスキルが分かりづらい分野(プロデューサーや監督、お笑い、マネージャーなど)でダニング=クルーガー効果は表れやすいと考えられます。

この効果が成り立つとすると、知識を与えれば成長できるという考え方が通用しないことなるため、教育等のアプローチの変更検討を余儀なくされます。

自分で成長の必要性や重要な課題を認識できない相手をどのように教育すればよいのでしょうか?

個人的に社内のトレーニング資料を整備している一方で、中々その効果を実感できない理由の一端はここにあるのかなと感じました。

そして、筆者は下記のように読者がドキッとする警鐘を鳴らします。

ここまで読んで、あなたは「バカってどうしようもないなあ」と嗤ったにちがいない。だがダニング=クルーガー効果では、バカは原理的に自分がバカだと知ることはできない。私も、そしてあなたも。

バカと無知 橘玲氏 p47

二重の無知

ダニングとクルーガーは更なる研究で、知と無知には3つのパターンがあると主張します。

  • 知っていることを知っていること
  • 知らないことを知っていること(無知の知等)
  • 知らないことを知らないこと(二重の無知)

ソクラテスが「無知の知」を提唱しましたが、知らないこと自体を知るというのは非常に重要です。

なぜなら、知らないことを知らなければ対処が出来ないからです。対処の必要性にすら気付けません。

そのため、認識の格差は埋められることは無く広がる一方となってしまいます。

また、ダニング=クルーガー効果のもう一つの重要な発見が示唆されます。それは、認知能力の低い者が自分を過大評価する一方で、認知能力の高い者が一貫して自分を過少評価することで生まれます。

筆者はこの発見について下記の通り仮説を掲示します。

(前略)能力のある者が高い地位を獲得する原則は同じだったはずだ。だとしたら、自分に能力がないことを他者に知られるのは致命的だ。このようにして、能力を過大評価するようになった。

その一方で、すぐれた能力があることを他者に知られることもまたリスクだ。権力者が真っ先に排除しようとするのは、将来のライバルになりそうな有能な者だからだ。このようにして能力を過小評価し、共同体のなかで極端に目立つことを避けようとしたのではないだろうか。

バカと無知 橘玲氏 p53

この認知能力による自己評価のギャップ更なる悲劇を生む可能性があります。

それは、知識がある自己を過小評価する者が、知識は無いが自己を過大評価する者の意見に引っ張られ、意志決定の質が悪くなる可能性です。

知識のある者は、皆自分と同じく自己を過小評価すると考えているため、自信たっぷりな振る舞いには根拠があると信じてしまうのです。

3人寄れば文殊の知恵のような集合知は、一定以上の能力をもつ者だけで話しあうことで初めて効果を持つが、無知の者が混ざると誤った決断を導くことを示す研究(論文:Optimally Interacting Minds)も本書では紹介されます。

情報が溢れ、専門分野が細かく分類されるようになった現代では、自分の専門分野を外れた瞬間に誰しも二重の無知に陥る可能性があります。

皆の意見を集めることでより良い意志決定に繋がるという価値観を持っていましたが、その価値観が大きく揺らぎました。

では、その仕切りをどのように区別し公平が強く求められる現代でどう納得感を持って実施するか?そして自分が議論に参加する資格がそもそもあるのか?非常に考えさせられるテーマでした。

行動に移すなら?

この人間の本能から来る、バカと無知の壁を越えるには下記二つのアプローチが有効と考えます。

精通していない分野の話については、謙虚に振舞い、無闇に口出ししないこと

一番避けたいのが、二重の無知のまま行動することです。

それが、判断や結果に影響しないものであればいいのですが、誤った偏った情報で発信・行動することは、むしろマイナスの効果を生む懸念があります。

良かれと思った行動が逆効果ということは非常に悲しいことだと思います。

そのような事態を回避するには、知識に対する謙虚な気持ちを忘れず、自分の知識がある領域がどこかに注意を払って、守備範囲以外のテーマに口出しをしないことでしょう。

関心の対象は絞る。絞った対象に対して深く複数の視点による適切な情報を収集する。

しかし、行動しないというアプローチのみでは、関心や可能性が狭くなっていき、いわゆる世界に無関心な状態となる危険性もあります。

そのような状態を回避するために、関心のあるテーマへの適切な情報の収集により、地道に自分の知識を広げていくという作業が重要となります。

しかし、複雑で情報が溢れた現代社会では何が正しいのかの見極めが非常に難しくなっており、あれやこれやと手や口を出していては、情報に踊らされる危険性が高くなります。

そのため、時間をしっかり確保して情報を適切に吟味するためには、テーマを明確化して関心の対象を絞る必要があるでしょう。

また、テーマを絞って情報を調べる際も、人間の本能に注意を払う必要があります。

多様性の科学でも学んだ通り、自分の都合の良い情報のみを集めて信じようとする本能があり、これはエコーチャンバー現象を導き分断の原因となっています。

多様性を実際に活かすために必要なことは?-読書日記1/2

自分の活動・主義を守るためではなく、本当に正しいことを目指す姿勢が求められますね。

そして、反対の立場の意見や情報も収集して、エコーチャンバー現象を回避して、自身が「二重の無知」に陥っていないか注意を払うことが重要となります。

終わりに

以上、橘玲氏の「バカと無知 人間、この不都合な生きもの」(新潮新書)の読書日記でした。

世界は中々上手くいかないなぁとモヤモヤする部分を言語化する上で役に立つ一冊です。

人類は人間の本性を越えた挑戦を自ら生みだしてしまっていると感じました。技術の発展が人間のコントロールの限界をすでに越えていると。

人間は本能を理解しながら自動的な不都合な振る舞いを脱却して、複雑な現代社会をより生きやすくできるのか?

進化を越えた適応が求められていると勉強になりました。

それではまた次の記事で!

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