フロー体験について、M・チクセントミハイ氏の「フロー体験入門-楽しみと創造の心理学」(訳:大森弘氏、世界思想社)を元に整理しており、今回が最終回となります。
前回から「フロー体験についてイメージがつかめてきたけど、どうすればフロー体験を増やせるのかがわからない」と疑問に思う方へ、フロー体験を日々の習慣に組み込むためのポイントを整理しています。
前回は日々の生活での注意点という比較的すぐに実践しやすい短期的視点が中心でしたが、今回は人生に対する向き合い方という長期寄りの視点で整理していきます!
フロー体験にあふれた人の特徴とは?
フロー体験にあふれた人の特徴を見ることで、その中から参考となる人生に対する向き合い方に関するコツを考えていきたいと思います。フロー体験を生み出しやすい習慣があるのであれば、そこからどのような点に注意して習慣を改善すればいいかを考えられます。
筆者はこの習慣の上で自己目的というキーワードを掲示します。
自己目的的
自己目的とは?
自己目的とは外部から与えられた目的や報酬のためではなく、それ自体の本質的な価値となることと定義されます。行動から得られる結果ではなく、楽しみと創造性という充実感をもたらす過程を目的とするフロー体験と共通点が見られます。
自己目的的な人はほとんどの行動にやりがいを感じるため、物の所有、レジャー、癒し、権力や名声といった外部的な報酬を必要としません。
これだけだとイメージがつかみにくいと思うのでいくつか例示を考えてみます。
例えば勉強を例としてみると、試験で良い点数を取ったり、資格の取得、知識を身に付けるという目的で行う読書や勉強は結果を求めた行動になります。一方で新しい情報との出会いや発見、工夫による効率の改善という過程を楽しんでいる場合は行動自体が目的となります。
また私の趣味の油絵を例とすると、SNS等の周囲からの反応を目的としている場合は、外部的な報酬に囚われておりその活動自体の価値を得られていないことになります。どう表現するかという試行錯誤や新しいテーマへの挑戦を楽しむことで、活動自体の価値を引き出せます。
SNSでの反応はフィードバックという側面でフロー体験の要素になったり、反応を増やすための試行錯誤からフロー体験を感じれる人もいるので、SNSの反応を求めること自体が悪いこととは考えません。そこが目的になると活動本来の楽しみが失われ中毒的になってしまう点を懸念します。
自己目的的な人間の特徴
人が自己目的的であるかどうかはその人の習慣により左右されます。下記は自己目的的なティーンエージャー(左)とそうでないティーンエージャー(右)の平均的な行動パターンを図式したものです。
何に時間を割くかの行動パターンが大きく異なることが分かります。自己目的的なティーンエージャーはそうでない集団よりも、週に約5時間も多く勉強し、趣味とスポーツへは2倍近い時間を掛けていることが分かります。
どちらの行動パターンの方がエネルギーにあふれ、活動からフロー体験を得やすいかは一目瞭然です。右の行動パターンだと、半分以上の時間をテレビという受動的なレジャーに費やしています。習慣は継続するため、この行動パターンの違いは人生で得られる体験に大きな影響を及ぼします。
それでは行動パターン以外に差はあるのでしょうか、それぞれ202人の自己目的的な高校生とそうでない高校生から行動時の心理的影響に関して調査した結果が示されます。
その結果として、勉強等の生産的活動と積極的レジャー活動に携わっている時で、いずれも自己目的的な高校生の方で「集中・楽しみ・自尊感情・将来への重要性」というポジティブな影響が統計的に有意に高いことが分かりました。
このことは同じような活動の中でも、自己目的的であるかにより体験の質が異なることを意味します。体験の時間も質も異なるとあれば、体験の積み重ねとなる人生の充実度にも大きな影響が出てきますよね。
筆者は自己目的的な人々の特徴より、どのような点を参考にして習慣に取り入れられるかについて、時間とエネルギーの使い方という視点で整理します。
興味関心と好奇心を育てる時間を増やす
興味関心と好奇心の力-人生の恩恵を受けるためのカギ
自己目的的な人々は無尽蔵に行動のエネルギーがあるように見え、次々と行動と挑戦に向かっていきます。その原動力は外の世界への膨大な興味関心と好奇心です。
興味関心と好奇心から探求や挑戦へのモチベーションを得て、瞑想や自己完結に終始することなく具体的な行動に移すことができます。そして行動を通してフロー体験を得ることでますます積極的な行動姿勢は強化されます。
一方でほとんどの人は探求や挑戦ではなく、注意力を温存して日々を生きるために向けている点を筆者は指摘します。皆様ご存じの通り、世界には未知なものや不思議なもの、そして感動にあふれていますが、それらは意識を向けなければ気付けないものとなり、あわただしい日々に翻弄されていれば無意識に通り過ぎるのみとなってしまいます。
人生の恩恵をより広く大きく受けるためには、公平無私の広い興味関心を持ち、温存していた注意力を新しいことに割く必要があります。それ自体がハードルを高く感じる挑戦となりますが、興味関心と好奇心を育てて人生の質を改善することは取り組む価値が高い挑戦であると筆者は主張します。
興味関心と好奇心の育成について2つのステップが紹介されます。
注意の集中とスキルを活用する習慣を身に付ける
一つ目のステップはフロー体験でも必要な注意の集中とスキルの活用を日常の行動で意識して習慣化することです。この習慣化で下記の効果が期待できます。
- 注意の集中とスキルによるフロー体験を通して活用を習慣づける
- 日々の生活の中でのコントロール感と充実感の増加
- 集中と工夫による時間の短縮により新しいことへの挑戦への時間の捻出
注意の集中とスキルの活用はフロー体験を生む要素です。そのため、注意の集中とスキルの活用で仕事や家事、身の回りの準備などの普段のルーティンで、集中して自分の力を試すフロー体験を味わえるようになります。
この取り組みによる効果は、注意の集中とスキルの活用の習慣づけのみではありません。時間を取られるだけであった無意義な時間が、自分のスキルを試すためのやりがいのある時間に変わります。実際に掃除や収納術を極めて達人と呼ばれる領域に達している人を目にしたことがあると思います。
このように同じ活動でも取り組み方が変わると、体験の質や意味が変わってきます。より有意義な時間が増えることで自分の人生のコントロール感も取り戻せ、日々の日常がより楽しいものへ変化します。
そして、スキルの活用という工夫により、これまでのルーティンをより早く質を高くこなせるようになり、時間も節約できます。特にルーティン作業は人生にわたって必要な時間となるため、最初は工夫のために時間が掛かっても、その後の長期的な見返りは大きいです。
捻出された時間は更なるルーティンの改善や、他者への共有を含めた工夫内容のアウトプットに使うこともできますし、趣味を含めた新たな活動への挑戦の時間にもできます。
興味関心と好奇心を生み出す活動へ優先的に時間を割く
また取り組みの方法でなく活動の種類を変えることも重要です。生きるのに必要な活動、いやいやしている活動、受身的レジャーから、自分のやりたい活動、興味関心と好奇心を生み出すわくわくする活動へ行動を変えることで、日々の時間の意味が更に大きく変わります。
その活動は既に関心を持っているもので、時間などを理由に挑戦をあきらめていたものかもしれません。または注意を外部に向け、情報を集めることで新しく出会えるものかもしれません。
前者の場合はなぜできないと考えているのか、その理由は妥当でなのか、今始めることは本当にできないのかを再度問い直す必要があります。後者はまずは注意のアンテナを広げる時間を持つことが重要でしょう。新しい活動を探すことを意識するだけでも、日常で入ってくる情報の印象が変わりますし、情報を調べるための時間を持つことも有効です。
新しい活動の探索は、本屋の趣味コーナーで気になるものはないかを見てみる、住んでいる地域にどのような施設・イベントがあるか調べてみる、SNSでどのような趣味があるか調べてみる(趣味垢が絡むハッシュタグでの検索も有効です。)などを取り入れています。大学の無料講座のような意外な発見がありこの調べる時間も中々楽しいです。
日々の日常の中で浪費している時間を節約していくことで必ず時間は作れます。日々の活動に優先度をつけ、整理し、簡素化することに少し労力を割くだけでも多くの時間を節約できると筆者は主張します。
個人的に補足するのであれば、行動の順番を変えるだけでも何に時間を使うかは大きく変わります。私は仕事でもプライベートでも優先的にやりたいことは後回しにならないように朝に取り組んでいます。朝一で取り組んでおくと、すでに重要なことに着手できたという安心感と充実感から、その日一日をリラックスして過ごせます。
必要な時間に十分に時間を割くコツについては以前読書日記を書いた「「後回し」にしない技術 「すぐやる人」になる20の方法」(文響社)のアイディアも非常に参考になります。
心理的エネルギーのコントロール
心理的エネルギーの注ぎ方で関心と体験の質は変わる
時間のコントロールの次に必要と筆者が主張するのが、心理的エネルギーのコントロールです。心理的エネルギーを注ぎたい熱中できる何かができるのを受身で待つのではなく、注意を意識的にコントロールして興味関心を強める能力を鍛えることが重要です。
人生は日々の選択と行動により決定されます。何に注意を向けるかをコントロールすることで、何を選択して何を行動するかを自主的に制御できます。さらに何に注意を注ぐかは体験の質を変化させます。同じ出来事でもポジティブかネガティブな側面のどちらに意識を向けるかで体験による個人の心理的影響は大きく変わります。
行動への集中はネガティブな方面への注意を遮断し、体験をよりポジティブなものへ変化させます。自己目的的な人々はやりたくないことであってもやるべきことであれば、集中力を注ぎ全力で取り組みます。このような姿勢を筆者はニーチェの言葉を引用し「運命愛」と呼びます。
また、活動における面白さというのはある程度の練習や知識の習得がなければ得られません。注意と心理的エネルギーを注ぐことで、身の回りや世界の出来事や活動の面白さを感じられるようになり興味関心が高まり、興味関心から生まれたモチベーションが更なる楽しみを生む原動力となります。
一方やらなければならないことに対し、消極的になればなるほどその時間は無意味なものとなりますし、結果としてより多くの時間を割かなければならない悲劇を招く可能性を生みます。運命をどれだけ呪っても悲しいことに事態は好転しません。
やりたくないことでも、やらなければならないのであれば気持ちを切り替えて全力で取り組むという姿勢が重要になります。会議は嫌いな時間で敬遠していましたが、取り組みを変えてから会議の生産性が上がり、この重要性を痛感しています。
一方で深く悲しい出来事を無理矢理無視しようとするとそれだけで心理的エネルギーが消耗してしまうので、その場合は無理に忘れようとするのではなく、悲しみや苦しみを直視し、その存在を理解して尊重するというステップを踏んだうえで、自分が集中すると決めた方向へ心理的エネルギーを注いで忙しくした方がいいと筆者は補足します。
心理的エネルギーのコントロールの鍛え方
筆者は心理的エネルギーを鍛える方法として、自分の意思でスキルや規律を習得することを提案し下記の例を掲示します。
- 心を集中させる過程を楽しみ瞑想や祈り
- 肉体的なスキルへの集中を楽しむ運動やトレーニング
- 楽しみを感じ自分の長期的な成長につながる専門家や熟練
これらの活動を通して集中力を養いながら心理的エネルギーをコントロールする方法を鍛えられます。そして自分の意図と一致するように心理的エネルギーをコントロールできて、はじめて自分の人生の主導権を取り戻せると筆者は主張します。
ここでの注意点は、その活動自体が目的となることが重要で、物知りと呼ばれるための学問や神に救われることを目的とした瞑想などの、活動の結果を目的とした場合は心理的エネルギーを鍛えることが難しいという点です。
結果を目的とした活動は、成果のための行動という人間が基本的に持つ行動パターンから違いがありませんからね。
ここは前述の興味関心を持てる活動を持てないと難しいなと感じました。順序としては興味関心を持てる活動を探してからのステップであると考えます。
また、個人的な経験として、自身が関心を持っている事柄を日記で整理しておくだけでも日々の意識の向き方が変わります。今まで素通りしていた情報に関心が向き、追加で自分で調べたりまとめようというモチベーションが湧いて、隙間時間の使い方もそのような情報の収集や整理に変わりました。
日記の成果はこのブログへの反映や友人との会話でのトピック等まだ限定的ではありますが、関心を持っておいてよかったなと思える経験が増えてきました。活動を探すためのまとまった時間が取れないという人にとっては、情報へのアンテナを広げるための有効な選択肢となります。
終わりに
以上で全5回にわたったフロー体験に関する記事は終了となります。
フロー体験とは何か、どのような影響があるか、生活のどのような場面(仕事、レジャー活動&人間関係)で体験できるか、生活に取り入れるにはどうすれないいかという視点で整理してきましたが、皆様の参考になる点がありましたら幸いです!
個人的には仕事の中では目的の重要性が強調され、活動の結果や目的へ意識が偏っていたので、行動の過程の楽しさという視点は非常に衝撃でした。
この視点を取り入れることで、世界に対する興味関心を広げ、日々の活動をより有意義なものに変え、そしてよりスキルとチャレンジが高レベルでバランスの取れた活動への挑戦も増やしていきたいと思います。
それではまた次の記事で!