エーリッヒ・フロム の「自由からの逃走」(東京創元社)についての読書日記、今回は第六章「ナチズムの心理」についてです。
数多くの非人道的な行為により様々な悲劇を引き起こしたナチズムは、現代のわれわれから見ると狂人的な集団に映り、なぜこのような組織を当時の人々が支持し従っていたのかという疑問が湧きます。
このような組織がどのように支持され、権力を身に付けていったかについて、当時の人々の性格構造を交えて考察されます。
重要なポイントは当時のドイツ国民の性格構造とナチズムのイデオロギーがどのようにシナジーを持ってしまったかという点です。
これまで説明されてきた理論を実例に照らし合わせる章となるので、サクッとまとめていきたいと思います。
今回は当時の人々の性格構造に焦点に当てます。
過去記事はこちら: 背景情報の整理、第一章: 自由-心理学的問題か? 、 第二章:個人の解放と自由の多様性
第三章 宗教改革時代の自由 : 前半 ・後半、第四章:近代人における自由の二面性、第五章 逃避のメカニズム:前編、中編(権威主義)、後編(破壊性、機械的画一性)
目次
当時の国民の性格構造
ヒトラー政権成立時(1933年)のドイツの状況
国民の性格構造を確認する前に背景情報を軽く整理しましょう。ドイツの歴史は世界史の窓さんを、賠償金についてはコインの散歩道さんを参考にしました。
当時のドイツは1918年に休戦した第一次世界大戦の責任を問われ、敗戦国として多額の賠償金を背負っている状況でした。
この1918年にはドイツ革命により共和制国家が成立し、ドイツ帝国が崩壊したことも上記の休戦の決め手となりました。
1919年、ドイツ共産党は更に社会主義への転換を目指し革命を蜂起しますが革命は失敗し、資本主義経済を維持したまま議会制民主主義の国家を目指すこととなりました。
第一次世界大戦の賠償金は1320億マルクにおよび、現在の日本円では200兆円を超える金額となります。
1923年、フランスとベルギーはこの賠償金返済の遅延を理由とし、ドイツにあるヨーロッパ最大の工業地帯であるルール地方を占拠します。ドイツ国民はストライキで抵抗しますが、生産活動が致命的に低下し物も枯渇します。
政府はその対策で大量の紙幣を発行した結果、1年間で100万倍を超えるハイパーインフレに繋がりました。
100万倍というと、2000万円がわずか1年間で20円に・・・。一生懸命貯めたお金の価値が問答無用で吹き飛ぶというのは想像を絶する状況ですね・・・。
さらに返済の過程でアメリカの資本に依存していましたが、そのためアメリカを中心とした1929年の世界恐慌による影響で失業者が急増します。
このような危機的な状況で支持を集めたのがナチ党であり、ヒトラー政権の成立に繋がります。
次はそれぞれの階級における反応を見ていきましょう。
下層中産階級のナチスへの反応:熱烈な歓迎
下層中産階級とは小さな商店主、職人、ホワイトカラー労働者により構成され、彼らの性格構造はヒトラー政権成立の大きな要因となります。
彼らの基本的な特徴としては、禁欲主義であり、心理的にも経済的にも欠乏の原則(不満の感情)に従う点を筆者は指摘します。
かれらの人生観は狭く、未知の人間を猜疑嫌悪し、知人にたいしてはせんさく好きで嫉妬深く、しかもその嫉妬を道徳的公憤として合理化していた。彼らの全生活は心理的にも経済的にも欠乏の原則にもとづいていた。
自由からの逃走 p234
欠乏に基づく性格構造は服従の追従と権力の渇望というナチのイデオロギーを強化します。
戦前であれば彼らの欠乏に対して国家と君主という安定感を与える基盤がありました。
しかし第一次世界大戦による敗北、革命による共和制国家への移行により、これまでの拠り所が消滅してしまいます。
また彼らの権威を構成する財産や職業による優位性も、戦後のハイパーインフレと世界恐慌の影響で奪い去られ経済的破綻をもたらします。
この経済的破綻は親の尊厳や子への教育機会を奪うことで家族内での絆も切り裂き、安定をもたらす家庭という最後の拠り所も失うこととなります。
この結果、下層中産階級には無力感、不安、社会全体からの孤立感、そこから生じる破壊性が生まれます。
この心理的背景は服従による安定感の獲得と孤独感の解消、強大な権力と一体化することによる無力感の払拭を求め、また外部への迫害という面で破壊性の欲求を満たそうとします。
まさにヒトラーの訴える主張は彼らのこの気持ちを解消する救世主のような言葉に映ります。
その結果ナチズムは下層中産階級の強力な支持を集め、権力の拡大、そして独裁政権の成立にまでつながります。
労働者階級と有産階級
次は労働者階級と有産階級についてです。
これらの階級はナチの支持者となることもなく屈服したグループとして紹介されます。
彼らには下層中産階級と異なり支持に繋がる性格構造はありません。
労働者階級:傍観と屈服
特に労働者階級は労働階級を中心とする政治組織を有していたため、むしろ敵対していたグループとなります。
しかし彼らに期待される抵抗が示されることはほとんどなく、内的な疲労とあきらめがその原因であると筆者は指摘します。
その背景には敗戦と労働者階級が支持していたドイツ革命の失敗という敗北の連続がありました。
そのため政治的行為に対する希望を失った彼らは権力を強めるナチ政権を傍観することしかできませんでした。
有産階級による企みと静観
一方で有産階級はナチ政権をコントロールできるものと過小評価し利用を企てます。
独裁政権成立前の政権は社会主義、共産主義、ナチ議員で占められており、過半数が有産階級の持つ経済的利益に反発を示す状態となっていました。
有産階級はこの怒りの感情に恐怖しており、ナチ政権が感情的憤りを昇華して気をそらし、経済的な面でも有産階級に利益をもたらす存在となることを期待していました。
そのため有産階級もナチ政権の増強を見過ごし、明確な妨害をしませんでした。
独裁政権成立後、止められない存在への成長
さらに独裁政権成立後は、ヒトラーの政権は国民にとって「ドイツ」と同一の存在となります。
こうなるとナチ政権と戦うことは自分が所属する国や周囲の人間と戦うことを意味し、耐えがたい強烈な孤独を乗り越えなければいけなくなります。
この結果、多くの民衆は抵抗ではなく服従の道を選ばざるを得なくなります。この結果支持層外のグループからも忠誠を得ることに成功します。
ナチ政権はもはや国内の誰にも止められない存在となっていたのです。
ここまでが当時の人々の性格構造でした。今回の内容を図にまとめると下記の通りとなります。
次の記事ではナチスのイデオロギーがどのようなものでどのように人々に訴えかけたかという点の本書の考察をまとめていきます。
それではまた次の記事で!